ふるふる図書館


098



 アキがおれの家に住むようになって、まる一年が経過した。
 大学を中退してしまったハルがどこにいるのか、アキもおれも知らない。アキもおれも、ハルにまったく会っていない。
 毎週、ハルから郵便が届く。
 ハルが描いた絵が送られてくる。
 おぼえていて、忠実に守っているのだ。
 いつか絵を描くという、アキとかわしたクリスマスの約束を。
 どれもみんな、アキとハルとおれの三人が描かれていた。
 幼いときの三人、少年と少女だった三人、おとなになった三人。
 すべて、幸せそうに笑顔を浮かべていた。
 いつか、こんな日が来るのだと信じさせてくれた。
 アキは絵を見つめ、筆跡を指先でたどる。
 ハルの絵も、ハルとの再会も、待ち遠しくてしかたがない。

 ハルに怪我を負わされたアキをおれが家に連れてきたとき、母は少なからずおどろいたようだった。
「けんかしたんだ」
 おれのその説明で納得したのかどうなのか。
「男の子は少しくらいけんかしたほうがいいのよ」
 そんなことを言っていたが、おそらく気づいていたにちがいない、友だちどうしのけんかでつくはずのない創傷に。
 でも何も聞かず、こころよくアキを家族の一員に迎え入れた。

 傷が癒えるころ、アキは仕事に就いた。
 母の紹介で、小さな事務所で簿記の職を得て、給金を生活費としておれの家に納めている。
 アキが積極的に労働に従事するなど、なんともいえない違和感がある。
 おれがそうからかうと、アキは怒って、すねて、それから笑う。
 アキの表情はやはりどこまでも透明なままだったけど、次第に豊かになってきた。
 相変わらずの美しさと線の細さを抜きにすれば、アキはどこにでもいそうな平凡な若者へと次第に変貌していった。誰も寄せつけない、近寄りがたい雰囲気もずいぶんうすれている。
 その平凡をどんなに求めていただろう、手に入れようとどんなに焦がれていただろう、今までにどんなにたくさんのものを犠牲にしたことだろう。
 ただ、ハルとおれにだけ特別であればいい。友だちという大切な存在であれば充分だ。
 それが、おれたちの理想だったのに、なんて遠回りをしてしまったことか。

20060705, 20141006
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