093
夢みたいな光と音楽、くるくる回るメリーゴーラウンド。
行ったことがありませんと言うと、あのひとは、それなら今度連れて行こうと答えてくれた。
おもちゃ箱みたいな色の洪水、空をゆっくりめぐる観覧車。
ああ、きれいだね、楽しいね、愉快だね。
ごうごうと燃える炎。焼け落ちる館。消防車のサイレン。人ごみ。
約束した。遊園地に一緒に行こうって。だけど、果たされることはなくなった。
いや、ここが遊園地なの? だってこんなにひとが多くてにぎやかで。真夜中なのにまぶしくて明るい。
私の体が揺らいだ。ふらふらと、一歩、二歩と、燃えさかる家へと近づいていく。
上膊をつかまえられた。
「アキ、危ない」
ナツの声がした。いつの間に隣にいたんだろう。
「あのひとがまだ中にいるんだ。助けないと」
「もう近づけない、行っちゃだめだ」
腕をつかんだ指に力がこもる。
「アキが、あのひとのために犠牲になっていいわけがない」
反対側の手で顔を覆い、私はその場にくずおれた。
「私のはじめてのお父さん。たったひとりお父さんと呼べるひとなんだよ」
私は養父を愛していなかった。養父もきっと私を愛していなかった。
口に出しては言わなかったけれど、ふたりとも相手の愛などほしがっていなかった。そんなものを持たれては、私は壊れていただろう。あのひとも耐えられなかっただろう。重荷に潰されてしまっただろう。
私たちは相手を愛することをしなかった、ひとえに相手のために。その感情が何と呼ばれるものなのか、愛のかわりに介在していた感情が何なのか、わからない。
養父は誰かを愛するひとではないのだ。愛することができないのだ。ひとにそれを求めない私は、だから、そばにいることを許された。そう思うのは、うぬぼれだろうか。
夜は、同じシーツに一緒にくるまって眠った。ひとを肉体的にも愛せない体だった養父は、私の体をただ抱くだけ。
養父のぬくもりは、少しだけ好きになれそうだった。
私たちの親子関係は、いびつだったのかもしれない。だけど、いびつでない親子関係など経験したことがないから知らない。
顔を上げると、ハルがいた。
唇をわずかにふるわせて、自分の育った家の終焉をじっと見つめている。赤々とした輝きが、その横顔を絶え間なくちろちろと舐めていた。一瞬ごとに形を変える光と影に彩られたハルの横顔は不気味に美しかった。
視線に気づいたのか、私のほうに瞳を向けた。そこにおそらく宿っていただろう冷たさは、踊る炎の光がかき消して見えなくしてくれた。
ほんの束の間、視線がからんだ。あの花火大会の夜みたいに。
今度は先に逸らしたのはハルだった。無言で私たちのそばを離れていった。