083
ハルが留守にしているときを見計らい、私は電話をかけた。
メモを確認しながら回すダイヤルが、もとの位置に戻る動きがひどくもどかしい。
早くつながればいいのにと、逸る気持ちでじりじりする。
やがて耳に流れ出すテノール。そのひびきのよさに、背筋が粟立つ。
もう一度、このひとと話すことになるなんて。
もう一度、このひとに会うことになるなんて。
「ハル、考えたんだけど」
夕食のときに切り出した。
「私は、ハルのお父さんのところで働くことにする」
ハルが箸を止めたが、何かを言わせず一息に話を続けた。
「そうすれば、私にかかったお金が返せる。せっかく大学に通わせてもらっていたのに申し訳ないけれど、学費がかさむばかりだから、復学しないで職に就くよ。
電話して、今度きみのお父さんに会う約束を取りつけたんだ」
「そう。だったら聞いてしまったんだね、きみにかかった費用の交換条件も。
だけど……父の会社じゃなくてもいいと思う。そんなの、借金のかたに取られているみたいじゃないか」
ハルが繊細な眉を寄せた。
「ゼロから働き口を探すよりは、コネクションのあるところをあたった方が手っ取り早いから」
私はそっと傷跡をなでた。ハルがいよいよ表情をくもらせる。腕がハンディキャップになって、就職先を見つけることがむずかしいと言外に含ませたのを、敏感に察したせいだ。
不自由さをひきあいに出して反論を封じるなんて、私は卑怯だ。とりつくろうように語を継ぐ。
「だけど、採用されるかはまだ決まったわけじゃないんだ。きみのお父さんとの話によるよ。断られるかもしれないし」
「僕も、ついて行ってかまわない?」
ハルが強い語調でたずねてくる。私はわずかに逡巡した。即座にうなずくべきだとわかっていたのに、そうしようと思っていたのに。
「うん、そうだね。ハルの口ぞえがあれば心強いね」