081
ハルのアパートに帰る。
ナツがいなくなると、華やかでにぎやかだった場は一気に静まり返る。沈黙が満ちる。
ハルも、私も、もともと口数が多くない。
私をもてあましてはいないだろうか、静寂が重くないだろうか、気まずくないだろうか、そんなことばかり気になって、ますます何も言えなくなった。
私は、あんなにおしゃべりだったのに。
堪えきれなくなって、呪文のように同じ言葉を繰り返す。
「今までありがとう、ハル」
ハルは、ためいきみたいに笑った。
「もういいんだよ。気にしないで。僕たち友だちじゃないか」
私は続きを言いよどんだ。しかし聞いておかないといけない。
「私の治療費や生活費は、どこから出ていたの?」
「え?」
「ハルのお父さんじゃないよね、まさか」
「ううん、僕の父だよ」
私はいぶかしんだ。そんなに甘い人物だとは到底思えない。
「ね、アキ、その話はまた今度でもいい?」
すがるようにハルが私を見つめる。
なぜ? 私のせいで、何かハルを苦しめている? 追いつめている? またそうなの? 私はどこまでいっても疫病神なんだろうか? いつまで私は……。
「わかった」
私がうなずくと、ハルは安堵したようだった。
「ごめん、アキが悩むことじゃないんだ。話すから、そのうちちゃんと落ち着いてから、ね?」
ハルの態度は、やはりぎこちなく、歯切れが悪い。
私たちの関係は、歴史は、記憶は、すでに錆びついてしまったようだ。ハルが「アキ」にどう面していたのか、「私」がハルにどんな態度でのぞんでいたのか、ふたりとも忘れ果てている。
私の口中も、ざりざりと錆の味がした。
もう、過去には戻れない。
20060628, 20141006