080
ハルちゃんに体を預けて、ナッちゃんの手を取って、ぼくはうつらうつらしていた。
世界はとてもまぶしくて、きれいで、美しくて。
ハルちゃんとナッちゃんは、やさしくて、あたたかくて、安心させてくれて。
ぼくは、こんなにわがままで自分本位なのに。
「もう、いいの?」
どこかから声がした。
誰?
「もうひとりのきみだよ」
ほんと? ぼく、あなたのことを死なせたと思ってたんだよ。
「そんなことはない。きみと私は、同じ人間だ。一心同体なんだよ」
だったら、ぼくがいなくなっても、ぼくは消えないね。あなたなら、ハルちゃんとナッちゃんに迷惑をかけないですむんだよね? その方法も知ってるし、力もあるんでしょ。
ぼくは、もう休むことにするね。このままでいたら、ふたりのためによくない。あなたが言ってたとおりだ。でも、ぼく、ふたりから離れたくなくて。どうしても。
「それは私の願いでもあるから。しかたないよ」
あやすように、ぼくがぼくに腕を回す。気持ちよかった。
自分で自分を抱きしめるのがうれしいなんて、変なの。
とろとろした眠気に包まれる。
夢見心地のまま、ぼくはすうっと溶けていった。ぼくの中へと。
覚醒した。
「まだ眠っていてもいいよ、着いたら起こしてあげる」
ハルが甘い声で言う。もう、この口調が私に向けられることはない。
「ハルごめん。重かったね」
私はまっすぐに背筋をのばした。私の口調からは、子供じみたところがすっかり拭われていた。
「もしかして、きみ、アキなの?」
目をみはって、慎重にハルがたずねる。私はうなずいた。
「アキ、おれたちのことわかるの? 思い出した?」
ナツもまなこをまんまるにして私を見つめる。
「子供のころからずっと一緒に過ごしてきた私だよ、ナツ」
「ああ、アキだ。もう、なんだってきみはいつも唐突なんだろうね。びっくりしちゃったじゃないか」
ナツが私の手をぎゅうっと握った。
「平気? 頭痛とか、ぼうっとするとか、そんなことない?」
ハルが気遣わしげに問う。
「だいじょうぶだよ。ふたりには、いろいろ面倒をかけたね。ごめんね。ありがとう、もうだいじょうぶだから。何もかも、だいじょうぶだよ」
「お帰りなさい、アキ。よかった、もう一度きみに会えて」
「ほんとうに?」
「当たり前だろう」
ハルもナツもよろこんでくれている。しかし私の目は見逃さなかった。見逃したくても。
ふたりのぎくしゃくした態度を。複雑な表情を。
ふたりにとっては、私は無邪気で可愛らしい子供でいてほしかったのだろう。素直で純粋で従順で、喜怒哀楽を表に出し、不遇な過去などすべて忘れている幼児であればこそ、扱いやすかったのだろう。
私は、帰って来ないほうがよかったのかもしれない。