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「わあ、きれい、たくさん花が咲いてるね」
「ああ、可愛い猫がいる」
「見て、飛行船が飛んでるよ」
電車の中で、アキははしゃいでひとつひとつ窓から指さした。
アキとナツと僕の三人で遠出をするのは、実にひさしぶりのことだった。
コートがいらないほどの上天気に恵まれ、僕たちは郊外の公園に向かった。
春のぽかぽか陽気に誘われて、僕も自然に心が浮き立ち、昂ぶってくる。
しかしそれよりも、生き生きと楽しげなアキの姿がまぶしい。うっとりと夢見るような光を目にたたえて、遠くを見つめている。
バスケットには、早起きしてアキとこしらえたサンドイッチ。ハムに、卵に、きゅうりにトマト、レタスにベーコン、ツナ、コロッケ。ちょっと奮発して生クリームと苺をはさんだものもある。
家族連れにまじって、園内を散策した。樹齢数百年の大木が織り成す木陰、一面黄色い菜の花畑、錦鯉の泳ぐ池にかけられた橋、満開の桜並木、みごとに大輪を咲かせる牡丹、おだんごやおせんべいの売店。
あれこれ回ってから、原っぱに大きなシートを広げた。
おしぼりで手を拭いてランチを食べる。サンドイッチのほかに、フルーツサラダやチキンナゲット。魔法瓶の水筒には、かぐわしい花の香りのお茶。
おなかがくちくなり、片づけをして寝そべった。やわらかな色をした青空が視界に広がる。みずみずしい草と花と土と太陽の香りを胸一杯に吸いこんだ。
たんぽぽ、クローバー、しろつめくさ、れんげそう。
紋白蝶がひらひら飛んできて、アキは手をのばしてはつかまえそこねた。
ナツが、持ってきたウクレレを弾きはじめる。陽気な音色が、ひばりの鳴き声とあいまって、のびやかに天にひびいた。
ああ、なんておだやかなんだろう。満ち足りているんだろう。気持ちいいんだろう。
一瞬一瞬を手放すのが惜しくて、アキとナツのいるこの時間と空間のすべてを抱きしめていたかった。
天国にいちばん近いのは疑いなく今のこの場所だと僕は思った。
帰りの電車はすいていて、三人並んで椅子に腰かけることができた。
充実した一日に終わりを告げる闇が、車窓の外に広がっている。
疲れたのだろう、真ん中に座っていたアキがうたた寝をはじめた。僕の肩にもたれて、すやすやと寝息を立てている。
「重いからって気を遣って、僕の方に寄りかかってきたんだね」
僕は、少し弁解がましく口をひらいた。
「ほら」
ナツが笑ってひざ上を示した。ナツの片手は、アキがしっかりと握っていた。
「なんだかハル、アキのお母さんみたい」
「ナツは、アキのお父さんだね」
互いにそう言い合い、ふたりして吹き出した。ぴったりな気がしたからだ。
アキの面倒をみる僕、アキにさまざまな遊びを教えるナツ。
たとえ真似ごとでも、ままごとでも、大事なひとと家族のような交わりができるなんて。
僕はあふれる幸福感を噛みしめていた。母の四十九日をすませてからほんのひと月ほどしかたっていないのに、死を悼む気持ちも薄れはじめているのに、その罪悪感も小さく消し飛んでしまうほど。