ふるふる図書館


073



 クリスマスは、ナツとアキと三人でお祝いをした。
 電灯を消して、ツリーの豆電球が赤や黄色や水色にちかちかとまたたく中、ろうそくを灯して、ケーキとごちそうを食べた。
 アキは、僕からのプレゼントをよろこんでくれた。首に赤いリボンをつけた、白いうさぎのぬいぐるみ。
 ぎゅっと強く抱きしめて、うさぎの耳にふわりと鼻をくすぐられるアキは、ぬいぐるみよりも愛らしかった。
 ナツからのプレゼントは、手編みの水色の手袋だった。こまかいところまで、丁寧に編み上げられている。アキも、揃いの紺色の手袋をもらった。アキがはめるとなんだか無性に懐かしさをおぼえた。
 そう、アキは昔こんな手袋をはめていた。腕の傷を隠すために。アキは、そのころのことを思い出すだろうか。
 僕がナツに贈ったのは、小さな詩集だった。ほんとうは、指輪をあげようと思っていた。「友情」という意味を持つ石をはめこんだものを。でも、僕がプレゼントするのはちがう気がした。それにナツは、あれっきり一度も同級生からもらったというあの指輪をはめていなかった。少なくとも、僕の前では。
 アキが、はにかんだように、ナツと僕にそっと手渡してきたのは、丸めて筒状にした画用紙だった。顔を熱く火照らせている。
「プレゼント? ありがとう。何かな」
 僕はうれしいおどろきに包まれて、リボンをほどいた。
 摘んで花束にできるような花も咲かない季節、おこづかいがなく、ひとりで買い物に行くこともないアキが、一緒に暮らしている僕にも内緒で用意してくれたことだけで充分だった。
 アキは恥ずかしてたまらない様子でうつむいた。落ち着かなげに、もじもじと指を組み合わせた両手ばかりをじっと見つめている。
 広げた紙に現れたのは、僕の似顔絵だった。色鉛筆で描かれている。おそらく、ナツの手元にはナツの似顔絵があるのだろう。
 僕はしばらく、何も言えずに凝視した。ナツも。
「ごめんなさい。こんなプレゼントしかなくて。子供っぽいよね。だけど、心をこめて一所懸命描いたんだよ」
 沈黙に耐えかねたのか、視線を落としたまま、アキがぼそぼそと言い訳をする。僕たちが、あきれたのか怒ったのだと思ったらしい。
「とてもうまいから、びっくりしたよ。知らなかった、アッちゃんは絵の才能があるんだな」
「ほんとう、僕よりも断然上手だよ」
 ようやく、アキが目見を少しやわらげた。おどおどと顔を上げる。
「そんなことない。ハルちゃんのほうがすごいよ、ね、ナッちゃん。ハルちゃん、もう絵は描かないの?」
 僕はにっこりと微笑んだ。
「アッちゃんが描けばいいよ。僕はね、やめたんだ」
「どうして?」
 重ねて問いかけられ、つい眉間をくもらせてしまう。アキが心細げに瞳を揺らした。僕を困らせていると悟ってしまったようだ。かなしそうにまつげをふるわせ、小声になってしまった。
「ハルちゃんの絵、大好きなんだよ。もっと見たいなって思って、それで……」
「……そうだね、そのうちにね」
 お世辞でなく、アキの絵は非常にすぐれていたのだ。長年絵を描いていた僕よりも才能があった。大きな感嘆と、ささやかな嫉妬を抱いた。
 そんな僕の心情をよそに、僕に少しでも嫌われまいとするアキの真摯さが、いじらしくも可愛らしくも可哀想にも感じた。
 心臓を見えない手で絞られるように痛くて、やるせなくて。
 自然に、僕はアキに口づけをしてしまっていた。
 きっと、シャンペンで酔ってしまったんだ。
 幸い、ナツの前でアキにキスするのに、唇ではなく頬を選ぶほどの理性は残っていた。
 ふたりしてはっと目をみひらく僕たちを、ナツがやさしく微笑んで見ていた。
 僕たち三人は、いつまで一緒にいられるんだろう。
 アキとナツと一緒に過ごせる時間が、神さまから授かった、何よりの贈り物、最高の宝物だった。

20060616, 20141006
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP