071
「お願い、死なないで、死なないで」
あの夜、救急車の中で僕は泣いた。隣に寝かされた、ぐったりしたアキに幾度も叫んだ。
「アッちゃん、だいじょうぶ? つらいの? 苦しいの?」
僕はまた、高熱を発して倒れたアキに向かって繰り返した。
あまりにもきれいな人間は不吉だという。
魔物にさらわれてしまい、長く生きられないのだと聞く。
また連れて行かれそうになったら、僕はそのたびにアキを呼ぶ。何度でも何度でも僕たちの世界に引き戻す。
「ぼく、いつかの晩も、あんなふうにハルちゃんにずっと声をかけられていた気がする」
ふとんの上に体を起こしたアキが、腕の傷跡を視線と指先でたどりながらつぶやく。
「ハルちゃんはずっとずっと小さかった。ぼくのことを心配してくれてた。そのときのぼくは、きっとうれしかったんだと思う」
「おぼえて、いるの?」
アキは手を止め、まぶたを閉ざした。
「わからない、ぼくには。でも、ぼくの中のアキがそう教えてくれた」
僕は、アキのことばの意味をはかりかねて沈黙した。
アキがそっと目をひらき、僕を見る。まだ微熱があるせいか、ぼんやりとうるんでいる瞳に僕の顔が映っていた。
「ごめんなさい、なんだか変だね。ぼく。の言ってること」
口調がたどたどしい。頭がまだぼうっとしているのかもしれない。アキの髪に僕は軽く手を触れた。
「もう少しお休みなさい」
素直にうなずいて、アキはふとんにもぐりこんだ。
「ハルちゃん」
「なあに」
「ん。ただ呼んでみただけ」
含羞を浮かべた顔を、毛布をひっぱり上げて隠してしまう。
鼻から上だけを出して、また僕を呼んだ。
「なあに、アッちゃん。何かほしいの。りんご剥こうか?」
またもじもじと遠慮しているのだろうと僕は先回りするつもりでたずねた。アキは小さく首をふる。
「あのね。もし。もしハルちゃんに何かあったら、ぼくが絶対助けるから。何があっても、助けてあげる」
「ありがとう」
僕の返答はかすれた。
救急車の中で、アキが僕に呼びかけられてうれしかった。その告白だけでも、天にも昇る心地がするのに。
アキがそんな約束をしてくれるなんて、気を失いそうなくらい幸福だ。
早めのクリスマスプレゼントだとしたら、一生分ほどの価値にひとしい。これ以上ほかのものを望んだら、天罰が下るかもしれない。
アキの台詞を繰り返し胸のうちで反芻しながら、アキが眠りに落ちるまで、アキの顔を見つめていた。