ふるふる図書館


070



 編み物の手を休めて、ぐんとのびをした。首と肩をぐるぐる回して、ついでに指輪をはずした。
 やっぱりじゃまだし重い。慣れるかと思ってなるべく身につけていたがむだだった。
 ハルのアパートで指輪をはめたのは、大失敗だった。思い返すと居たたまれなくなり、おれは髪をかきまわした。
 ふたりの間にできた溝。ほんの刹那のことだったのに、無視できないほど際やかに刻まれた隔たり。
 ハルを楽にするどころか、まったくの逆効果に終わってしまった。
 ううん、ああいう展開は予測できていたはずじゃなかったのか。
 ほんとにばかだ、おれは。救いがたい。

「チナツ、これ、クリスマスプレゼント。ちょっと早いけど、チナツに会うのも今日が今年最後だから」
 彼が渡してきた小さな包み。
「気持ちはありがたいけど。きみにあげるようなもの持ってないんだ」
「いいんだよそんなことは。ただもらってほしいだけ」
 蓋をひらいておれは絶句した。意表をつかれた、というよりあきれ返ってぽかんとした。
「好みじゃなかった?」
「指輪?」
「そんなにかたく考えなくてもいいよ。もちろんチナツのことは好きだけど」
 彼はおれの瞳に、熱を帯びた視線をじっと当てる。
 心のどこかが壊れていく気がした。そんなふうに感じてはいけないと思うそばから、おれの胸の奥底がきしんで悲鳴を上げる。
 カフェテラスのテーブルに着いているおれたちを、知った顔の学生たちが冷やかしていく。
 好みの指輪をお金を払って買うように、好みの女を物品と心を費やして自分のものにする。それが彼らの流儀だ。
 どうして穏やかに寄り添うように接することができないんだろう。そんなにがつがつしているんだろう。
 おれは征服されるためにいるんじゃない。獲得されるためのものじゃない。入手される物じゃない。
 そんな愛は暴力だ。

 指輪をケースにしまった。ひきだしの奥深くに入れた。
 だけど、自分だって、同類なのかもしれない。
 ちょうどこの指輪と、こめられた気持ちがじゃまで重たいように。
 編んだ手袋と、こめた心が、ハルとアキを縛りつけたりしないだろうか。鬱陶しいものになったりしないだろうか。
 誰かを好きでいることは、もっと簡単で単純でまっすぐなものだと思っていたのに。
 吐息がひとつもれた。

20060531, 20141006
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