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編み物の手を休めて、ぐんとのびをした。首と肩をぐるぐる回して、ついでに指輪をはずした。
やっぱりじゃまだし重い。慣れるかと思ってなるべく身につけていたがむだだった。
ハルのアパートで指輪をはめたのは、大失敗だった。思い返すと居たたまれなくなり、おれは髪をかきまわした。
ふたりの間にできた溝。ほんの刹那のことだったのに、無視できないほど際やかに刻まれた隔たり。
ハルを楽にするどころか、まったくの逆効果に終わってしまった。
ううん、ああいう展開は予測できていたはずじゃなかったのか。
ほんとにばかだ、おれは。救いがたい。
「チナツ、これ、クリスマスプレゼント。ちょっと早いけど、チナツに会うのも今日が今年最後だから」
彼が渡してきた小さな包み。
「気持ちはありがたいけど。きみにあげるようなもの持ってないんだ」
「いいんだよそんなことは。ただもらってほしいだけ」
蓋をひらいておれは絶句した。意表をつかれた、というよりあきれ返ってぽかんとした。
「好みじゃなかった?」
「指輪?」
「そんなにかたく考えなくてもいいよ。もちろんチナツのことは好きだけど」
彼はおれの瞳に、熱を帯びた視線をじっと当てる。
心のどこかが壊れていく気がした。そんなふうに感じてはいけないと思うそばから、おれの胸の奥底がきしんで悲鳴を上げる。
カフェテラスのテーブルに着いているおれたちを、知った顔の学生たちが冷やかしていく。
好みの指輪をお金を払って買うように、好みの女を物品と心を費やして自分のものにする。それが彼らの流儀だ。
どうして穏やかに寄り添うように接することができないんだろう。そんなにがつがつしているんだろう。
おれは征服されるためにいるんじゃない。獲得されるためのものじゃない。入手される物じゃない。
そんな愛は暴力だ。
指輪をケースにしまった。ひきだしの奥深くに入れた。
だけど、自分だって、同類なのかもしれない。
ちょうどこの指輪と、こめられた気持ちがじゃまで重たいように。
編んだ手袋と、こめた心が、ハルとアキを縛りつけたりしないだろうか。鬱陶しいものになったりしないだろうか。
誰かを好きでいることは、もっと簡単で単純でまっすぐなものだと思っていたのに。
吐息がひとつもれた。