068
「まあ、今年のクリスマスは帰って来られないの?」
電話口で、母が淋しそうに吐息をつく。
「ごめんなさい」
僕は申し訳なさで声が小さくなった。
リビングに据えられたもみの木にまばゆく光る電飾の飾り。
ドーナツ盤に針を落とすとかすかなノイズまじりに流れ出すクリスマスソング。
オーブンから取り出した七面鳥の香り。
アラザンが散りばめられたブッシュドノエル。
あたたかいろうそくの明かり。
世界中のひとたちが穏やかな心でクリスマスを迎えられるように祈る日。
一年が終わってしまうことのせつなさ、新しい年を迎えるよろこび、毎年同じ日に同じように一日を過ごすことの安らかさを噛みしめる日。
大切な思い出。
僕は、家でクリスマスを祝うことが大好きだった。
だけど、今年はアキのそばにいたい。
父は仕事で、その晩もまた帰宅が遅くなるだろう。
想像すると胸がつぶれそうだ。静かで輝かしい夜に、老いた母をひとりにするなんて。二十年も変わることなく、楽しい時間を共有していたのに。
それでも、決めたんだ。
「やはり、あの子なのね。あの子が何もかもわたしから奪ってゆくのだわ」
母のつぶやきに、凍った手で心臓をつかまれた気がした。
「どうか、彼を憎まないで。お母さまにとってよいクリスマスになってほしいから。彼を悪く思わないで」
受話器に向かって僕は言う。虫がいいとわかっていても。
「家を継いだら、お母さまをひとりにしません。だから今だけ、わがままを通させてください」
沈黙の後、母が再びためいきをついた。
「わかったわ、チハルちゃん。だけどあなたは、社長の椅子に座るのが決まっているのですからね。それまでには縁を切るのよ。さもないと利用されてしまうわ」
ああ、指摘されるまでもない。
職務に忙殺されて、アキとは疎遠になるにちがいないのだ。ナツとも。
人生の輝かしいときとは永遠に別れ、長い長い晩年を送るしかないのだ。不純で無価値で無彩色な余生を。
ふたりのいない生活に、どんなきらめきがあるというの?
だから、だから、せめて今だけは。