067
「ハルちゃん、ナッちゃん、話し中ごめんね」
おれたちがバスルームで話していると、後ろからアキが声をかけてきた。まったくの不意打ちを食らって、背筋がびくりとこわばる。
「アッちゃん。起きてだいじょうぶ?」
「うん。ごめんなさい、心配かけて」
「謝ることないよ。さっき目がさめたなり泣き出したのはおどろいたけど。どうしたの、またいやな夢を見た?」
アキは、泣き疲れて、そのまま再び眠ってしまったのだった。まぶたが腫れぼったくなっている。それしきでは、アキの美しさの瑕にもならないのだけれど。
「うん、そう、いやな夢。だけど、たぶん、もう見ない。心配しないで」
「ねえアッちゃん」
ハルが心持ち眉根を寄せて、アキの瞳をのぞきこむ。
「遠慮しているの? アッちゃんは、もっと僕たちに甘えていいんだよ」
「もうずいぶんよくしてもらったよ」
アキは低く応えて、静かにかぶりを振る。
おれはハルと顔を見合わせた。高熱で倒れる前とずいぶん様子が変わっている。もともとのアキに戻ったのだろうか。
昔のアキは、どんなときも足音を立てて歩かなかった。しかし、事故の後ハルと同居するようになったアキは、そのあたりにこだわりはないようだった。
足音には個性が表れる。アキのそれは、おれをうきうきした気持ちにさせてくれた。ひとを寄せつけなかったアキが警戒なしで接してくれることがうれしかった。
しかし、たった今、おれたちのそばに寄るまで、アキはまるっきり気配を殺していた。アキは過去を取り返しつつあるのだろうか?
「ねえ、ぼく、お風呂に入っていい? だいぶ汗かいちゃった」
いや、この話し方は、かつてのアキともちがう。
「まだ安静にしていないとだめだよ、もうちょっとがまんして寝てなくちゃ」
「はあい。それじゃ、向こうに行ってるね」
このアキは、いったい誰なんだ?