ふるふる図書館


057



 ベッドにいた男の子が弾かれたように起き上がった。
 入る前から気づいてはいたが、中に進むと改めてその部屋の大きさと豪華さに感心する。おれはきょろきょろとまわりを見渡した。
 ハルの友だちだそうだから、この子もやっぱり金満家の子なんだろうか。
 男の子は、ひたとこちらを見据えている。
「こんにちは。これ、チハルから預かってきた」
 おれは花束を掲げてみせた。
「ハルちゃんは?」
 質問されて、おれはおおざっぱにいきさつを話した。
 説明を聞き終えると、表情を変えなかったけれども、男の子は黙ってうつむいた。友だちが来てくれなくなって淋しいのかな。
「わかった、じゃあさ、おれが今度からチハルのかわりに見舞いに来るよ!」
「えっ」
 おれが高らかに宣言すると、男の子は顔を上げて、まじまじとおれを見た。先ほどまでただよわせていた警戒の色はなく、ただあっけに取られているような雰囲気。
「どうして?」
「どうしてって言われてもさ。ひとに会ったほうが元気になるだろ」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
「だけど、もう、お見舞いはいらないよ。すぐ退院するから。ハルちゃんの友だちなら、伝えてくれないかな。今までありがとうって」
「そうなんだ、おめでとう」
「おめでとう? って何?」
「何って、退院おめでとうだよ、もちろん」
「おめでとうって言うの? そういうときって」
「そうだよ」
「ふうん」
 変な子だな。アキとの出会いは、そんな印象で終始した。

 じきに退院というのは嘘だった。
 母親に内緒でアキを見舞っていたことが発覚してしまい、もう病院に来れなくなってしまったハルに気を遣わせまいとして。
 迷惑をかけないように、心配をかけないように、アキは何食わぬ顔でひとをだます。
 広すぎる病室で、傷ついて動かない腕を抱え、幼い心に孤独がのしかかってくるのがわかっていても。
 アキは大嘘つきだ。

20060530, 20141006
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