049
幼いときからずっと、アキに接して、アキを見てきた。
感情を表に出さない。何にも執着することがなく淡々としている。ひとにどんなに蹂躙されても抵抗せず、かといって卑屈になることもない。その徹底ぶりは、アキを気高い貴族のようにすら感じさせることもあった。
転落事故に遭ってからのアキは、それまでのアキとはずいぶん別人だ。
笑うし、泣くし、口数も増えた。おびえたり怖がったりという気分も表現する。スキンシップを素直にうれしがる。心をひらいているようすを見せるし、くつろいだ表情もしている。無防備に眠りこけもする。
これが、本来のアキだったんだろうか。過去と今とのつながりが見えない。
透明なアキの笑顔を前にすると、アキが幸せならこれでいいんだと思う。
一方、もしもとに戻れなかったら、アキは自活ができないままだ。ハルは、自分が面倒をみようとするだろう。おれも負担するつもりだけれど、とうてい経済力ではハルに及ばない。でもそれは、ハルをしばりつける枷になるのだ。
どうしたらいいんだろう、やっぱりしばらくそっとしておくのが一番なのか。成り行きに任せておこうか。
かつてのアキは、閉じこもってしまったのだ、きっと。もう二度と外に出てくるつもりはないかもしれない。おれたちに会うつもりもないのかもしれない。
「アキ」
こたつで、本を広げた上に突っ伏してうたた寝しているアキの頭にそっと触れると、アキのまつげがかすかにふるえた。
「ハルとおれがずっと一緒にいたきみは、どこに行ったの? 大事な友だちだったのに」
目を閉じたままのアキの唇が動いた。
「ナツ……?」
はっとした。おれを呼んだのは、二十歳のアキだ。
「ハルも、そこにいるの?」
「僕もいるよ」
ハルが息をのむようにしてささやいた。
アキは夢うつつでつぶやいた。
「どうして。こんな私のことなんか、捨ててしまえばいいのに……」
それを聞くと、心臓がぎゅうっとわしづかみにされたみたいに苦しくなった。
やっぱり、きみはばかだよ、アキ。
「ほんとうに、ばかなアキ」
ハルが、おれが思ったとおりのことを小声で口にして、アキの頬に流れたしずくを指先でぬぐった。