ふるふる図書館


045



 ぼくに話しかけてきたひとと、ナッちゃんが茂みの向こうに消えてしまったあと、ぼくの頭に考えが浮かんだ。
「あのひとに謝ってこようかな」
「どうして」
 ハルちゃんがぼくに問う。
「もしぼくの知り合いだったら、悪いことしちゃったから」
「たぶん人違いだよ」
「ハルちゃんはあのひとのこと知ってるんでしょう? だったらぼくもそうかもしれない」
「アッちゃんが何か言う必要はないよ」
 ハルちゃんが、珍しく強い口ぶりで言うものだから、ぼくは一瞬体がすくんだ。
 怒らせたのかな。ぼくのせいだ。どうしたらいいのかわからずに、おろおろしてしまう。
 ハルちゃんは、ぼくに一瞥もくれず、ふたりが歩いていったほうばかりじっと見ていた。ハルちゃんが不機嫌になったのなんて、はじめてだ。
「ごめんなさい」
 しおたれてぼくが顔を伏せると、ようやくハルちゃんがこちらを向いた。ぼくはおずおずと視線を上げた。
「あのねアッちゃん。アッちゃんによく似たひとがいたんだ。そのひとにまちがわれると大変なことになっちゃう。だから知らんぷりしてるのがいちばんいいんだよ」
「ちゃんと説明すれば、わかってくれるんでしょう?」
 真剣な顔で、ハルちゃんは首をふる。
「区別がつかないくらいにそっくりなの」
 ぼくに瓜二つのひとも、ぼくにまちがわれて迷惑してるんじゃないのかな。
「それで、ぼくはお外に出ちゃいけないの? ハルちゃんと一緒じゃないとだめなんだね?」
 ハルちゃんは直接答えないで、ごめんねと小さくつぶやいた。
「ほんとうだったらこんな街中じゃなくて、遠く離れた別荘に連れて行ってあげたい。そこで思う存分のびのび過ごさせてあげたい。できることならそうしたいよ」
 きっと、ぼくに似ているひとも、この街に住んでいたんだ。そのひとを知っている誰かに会うのを避けなくちゃいけないんだ、理由はわからないけれど。ぼくの過去にかかわってることなのかな。
「ぼくが昔のことを思い出せればいいんだよね」
「どうしてそうなるの」
 びっくりしたように問い返された。
「僕もナッちゃんも、一度だってアッちゃんに言ったことないでしょう? 記憶を取り戻そうだなんて。気にすることないんだよ」
 もしかしたら、戻らないほうがいいってこと?
 たまらなく不安になった。前のぼくも今のぼくも中身は同じはずなのに。
「さっきは、不機嫌になってごめん。びっくりさせちゃったね。僕はいつでも、アッちゃんの味方だから。それは忘れないで」
 いつもどおりの、おっとりした柔和なまなざしだった。ほっとした。
 ハルちゃんはぼくのことを考えてくれてるんだもの、何も心配することないんだよね。だいじょうぶだよね。

20060510, 20141006
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