044
「奇遇だな、こんなところで会うなんて」
人気のない神社の中を三人で歩いていたら、向こうから歩いてきた人影がそんなことを口にした。
彼の視線の先には、戸惑って瞳をたゆたわせながら見返すアキがいる。
おれは、すばやく記憶をたどった。たしか、彼は同じ高校に通っていたはずだ。アキに興味を抱き、何かと接近していたのをおぼえている。
「なんだ、ぼくのこと忘れたのか? やっぱり冷たいな、きみは」
ひややかに吐き捨てられたアキは、肩をこわばらせてハルの上着のすそをきゅっとつかんだ。
「人ちがいなのでは?」
ハルがやんわりと矛先を制すると、彼の舌鋒はハルへと向けられた。
「冗談言うなよ。きみ、チハルだろう。きみたちのような顔かたちの人間が、そうそういるわけがない」
アキは小さくちぢこまって、いっそうハルにしがみついている。
「幼児ごっこか? いたいけなふりをするのが流行でもしてるのか?」
品のない揶揄に、おれは我慢できなくなって、彼の腕をひっつかんで離れたところにひっぱっていった。
「乱暴だな」
「きみは、アキの友だち? 仲よかったのか?」
問答無用とばかりにおれは詰問した。
「仲よくなりたかったけど、断られた」
「アキにおかしな真似でもしたんだろう」
図星をつかれたらしく、彼は一瞬返答に窮した。
「でも、それが理由じゃないと思うな。平気そうにしていたし」
「表面だけで決めつけるなよ」
おれは腹立ちまぎれににらみつけた。
「チナツ。ぼくは、彼に聞いたんだ。きみの表情を変えさせるものは何なのかって。それは、苦痛でも快楽でもなかったよ。そんなものでは、汚れたり傷を負ったりしなかった。
彼自身は気づいていたのか知らないけれど、彼の心を唯一揺らすことができるのは、彼を平静でいられなくするのは、愛情とか友情とかいわれるものだ。
そういうものを与える存在になるのを、ぼくは拒絶された。きみとチハルなんだよ、彼の中にいるのは。彼を動かしているのは」
アキは、おれとハルの前から去っていったのに? おれたちは実は、アキを追いつめ、支配し、壊していたのだろうか?
「さっきはからかって悪かった。ささやかな妬みだとでも思ってくれ」
「きみが知ってるアキは、もういなくなったんだよ」
「どういうことだ?」
「アキは、事故に遭って幼児以降の記憶をなくしたんだ。心も、もろくて純真無垢な幼児のものになってしまった。おれたちだって、アキに何もしてあげられてなかった。だからおれたちは、きみに妬まれるほどのものじゃないんだよ」
「それでも、今、関係をやりなおせているんだろう? ぼくは、通りすがりに人ちがいをした間抜けとして、この場を去るんだ。同情も激励もする気にならないね。たとえ、彼が記憶を取り戻したところで、ぼくは会わないほうがいいんだろうから」
おれは、思い上がっていたのか。
ハルと、アキと、三人の世界を作り上げることに夢中になって、排除したひとのことなどこれっぽっちもかえりみることなどなかったのか。
他者を踏みつけにして、おれたちは自分たちの関係にひたすら没頭していたのか。
おれのしていたことって、いったい何だったんだろう?