ふるふる図書館


043



 泊まったナッちゃんを、ハルちゃんとふたりで駅まで送っていくことにした。
 つっきるために鳥居をくぐって神社の中に入ると、木々がすっかり赤く色づいていた。
「ほら、ふかふかだよ」
 葉っぱがじゅうたんみたいに厚く積もっていて、ぼくとナッちゃんは笑いながら跳ねた。
 ときおり鋭い鳥の声が響くほかは、ぼくたちの声しか聞こえない、そんな静かなお昼前だった。猫も木の陰で、そ知らぬ顔してまどろんでいる。
 ぼくは落ちていた葉をひろって、そっとポケットにしまった。
 このところ、ひとりじゃなければお外に出てもいいようになってきた。
 ハルちゃんは、怪我をしたから体を大切にしないといけないんだよ、と言ってたけど、ぼく、もうこんなに元気なのにな。
 ハルちゃん、心配してくれてるのかな。
 世界は、とてもとてもきれいで。空は真っ青で、森は真っ赤で、葉はひらひらと舞い落ちて、光はきらきらこぼれて、大気は涼しく澄みきって。ぼくはどうしてだか、うれしくて、泣きたくなる。
 一面の紅葉。赤々と燃える森。朱色の鳥居。
『秋の空気のように凛としていて、誰にも媚びたりなんてしないのがアキでしょう。そんなところが僕は好きなんだ』
 ふと、頭の中でそんな声がした。ハルちゃんのだ。いつ、どこで聞いたんだろう。
 最初に生まれたのがハル。
 次に生まれたのがナツ。
 最後に生まれたのがアキ。
『誕生日おめでとう、アキ』
『いい十九歳になるといいね、アキ』
 一面の紅葉。赤々と燃える森。朱色の鳥居。
 ハルの誕生日は春、ナツの誕生日は夏、アキの誕生日は秋。
 春の新芽のようにやわらかくて傷つきやすいハル、夏の太陽のように明るくて華やかなナツ。私は? あきっぽいアキ、あきらめの早いアキ?
『あきやすくなんてない。ほら、おれたちのつきあいはもう十年以上も続いてるんだから』
 十年? どういうこと? 今のは何、いつか見た夢なの?
「アッちゃん?」
 棒を飲んだように立ち尽くすぼくを振り返って、ハルちゃんとナッちゃんが不思議そうにしていた。
「あ、何でもないよ」
 ぼくは小走りに、ふたりのもとへ近寄った。
 そう、今頭をよぎったのは、きっと昔見たただの夢。この光景とあまりにもそっくりだから記憶がよみがえったんだ。あざやかすぎるほどくっきりと。まるで、ほんとうにあったことみたいに。
 ふたりには黙っておこうっと。笑われちゃうから。

20060509, 20141006
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