ふるふる図書館


041



 アキは、僕の画集を眺めるのが好きだ。今日は、ユトリロの本を借りていった。
 よく日光が当たるところに移動して、そこで寝そべったり座ったりしてページを繰るのだ。まるで猫みたいで、僕はいつも笑いを噛み殺す。
 気づくとしんと静かだったので、読んでいた経営学の本から視線を上げて、振り返った。
 全身に午後の光を浴びながら、アキはうたた寝をしていた。
 クッションにもたれ、ベッドに寄りかかって。
 長いまつげ、すっきりと通った鼻梁、かたちのよい唇、目の下の小さなほくろ、腕の傷跡。あの日からほとんど変わっていない。
 アキをモデルに、ここでデッサンをしたときから。
 あの時代が、あんなに遠くに離れてしまった。アキはこんなに近くに来てしまった。
 なのに僕はまだ、アキに触れるのをためらい続けている。
 今降りそそいでいる日ざしのように、あたたかく、やわらかく、やさしく、純粋に、無心にアキをつつみこむことが、はたして僕の手と腕はできるのだろうか?
 幼いアキを、思う存分甘えさせてあげたいという切望と裏腹に、アキがじゃれかかってくると、僕の心はふるえる。アキの髪がかすめると、僕の指はふるえる。動揺と、胸の高鳴りを押し隠そうとして、不自然な態度になり、アキを不安にさせる。
 アキが寝返りを打った。気持ちよさそうにすうすうと息を立てて、子猫めいたしぐさで丸まっている。
 どうか、アキの眠りが安らかで、健やかでありますように。明るく偉大な太陽を思わせるナツのようにはふるまえない僕は、うじうじと悩み、ただひたすらそっと祈る。
 出し抜けに、ぱちりとアキの両目がひらいた。
「お勉強終わったの?」
 明瞭なまなざしと声で問う。
「あ、うん」
「一緒に日向ぼっこしない? あったかくって、気持ちいいよ」
 アキが誘うので、並んで座った。
「ほんとうだ、ぽかぽかしてる」
「ね」
 こちこちに固まったわだかまりが、すっとほどけていくような心地よさをおぼえて、僕はゆっくりと吐息をついた。
 ふと重みを感じて視線を移すと、アキが僕に寄り添い、肩に頭を預けて、再びうつらうつらしていた。
 僕は手をのばして、アキの頬にかかった髪をかきあげた。いつもよりも逡巡のない、自然な動きになったのは、この陽だまりの恩恵にあずかったためだろう。
 目を閉じたままのアキが、いとけない表情でにっこりと微笑んだ。

20060507, 20141006
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP