ふるふる図書館


039



 おれが母にアキの事情を話すと、母は家に招待するようにと言った。
 さっそく、おれはアキとハルを呼ぶことにした。
「こんにちは、いらっしゃい」
 母はにこにこと笑いながら、アキとハルを玄関で迎え入れた。
「おじゃまします」
 ふたりははにかんだようにあいさつをした。アキはともかく、ハルは、小学生に戻ったみたいで照れくさいらしい。
 ハルが軽く背中をたたいてうながすと、アキが抱えていた包みを母に手渡した。
「あの、これ、どうぞ。ハルちゃんとふたりで焼きました」
「まあ、ありがとう。チアキくんはお利口さんだね。さあ、遠慮なく上がって」
「よーし、何して遊ぼうか。ナッちゃんちにはいろいろあるよ。ビー玉、おはじき、めんこ、トランプ、こま、ベーゴマ……」
 おれは俄然はりきった。兄弟や近所の子供たちを相手に鍛えた腕が、まだここで活かせるとは。
「ほら、ハルもおいでよ」
「ええ、僕も?」
 おおかた、ハルは母を手伝ってお茶の用意をしようとしていたのだろう、おどろき顔で自分を指さした。
「ハルも一緒に遊んだほうがいいよね、アッちゃん?」
「うん」
「三時になったら戻って来なさいね、おやつにするから」
 母に送り出されて、おれはふたりを自分の部屋に連れて行った。

 アキが興味を示したのは、花札だった。
 そう、アキがはじめてわが家に来たときに遊んだのも、これだ。
「これにする?」
 おれが札を取り上げてたずねると、アキはうなずいた。何か思い出すことでもあるのだろうか。
 ゲームをすすめていて、ふとアキの動きが止まった。真ん中の山から、一枚札を取る寸前だ。
「これ、“紅葉に鹿”?」
 つぶやいてめくった札は、アキが予言したとおりの絵が描かれていた。
「すごーい、アッちゃん、どうしてわかったの?」
「ほら、染みがあるでしょ、ここ」
 アキは札の裏をさした。
「染みのある札が“紅葉に鹿”だって知ってたの?」
 おれが重ねて質問すると、アキはあやふやな返事をした。なぜわかったのかわからないのだろう、眉を寄せている。
 飲みものをこぼして染みをつけたのは、おれの弟だった。アキはそのときその光景を見ていた。
『あーあ、これじゃ“紅葉に鹿”って裏返しになっててもわかっちゃうよ』
 口をとがらすおれをなだめるように、ハルがおだやかにこう言った。
『たしか、これは十月の札だったよね。アッちゃんが生まれた月。僕も、人ごみにまじっててもアッちゃんがいればわかるもの。同じだね』
 心の中の、いつまでも消えることのない、あざやかな、小さな染み。
 おれは、不可解な顔をしてさかんに首をひねっているアキの頭をなでた。
 いとおしい、大切な、清らかで冒しがたい染みであるきみ。

20060507, 20141006
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