034
ぼくは、ハルちゃんにひきとられることになった。
ハルちゃんは大きいお兄ちゃんで、でもぼくのお兄ちゃんじゃないらしい。
ぼくの家族はどこにいるの? そうたずねたら、ハルちゃんもナッちゃんもちょっと困っていたから、もう聞かないことに決めた。
ナッちゃんは、すごく明るくて、美人で、元気なお姉さん。ナッちゃんとも一緒に生活したかったけど、別のところにおうちがあるからできないって。
病院を出て、電車に乗ってこの町まで来て、三人でごはんを食べた。
そのあと、ナッちゃんと別れて、ハルちゃんとふたりでハルちゃんの家に行った。
ナッちゃんは、今度遊ぼうねって指きりして、ぼくの頭をくしゃくしゃなでてくれた。
ハルちゃんのアパートは、すごく古めかしい。壁に蔦が這っていて、夕暮れの中ではなんだか怖そうに見えた。
「さあ、上がって」
ハルちゃんのあとについて入った。床がぎしぎしきしんで、どきどきした。
あかりがついて、ぼくは目をぱちぱちさせた。
たくさんの絵があった。
「これは、僕が描いたんだよ」
ぼくがじっと見ていたら、ハルちゃんがそう言った。油絵から、すごくつんとくる匂いがする。この匂いにおぼえがあった。ここでかいだのかな。わからない。
「長旅で疲れちゃった? お風呂に入る? 沸かしてくるね」
黙っていたせいか、ハルちゃんはぼくが疲れていると思ったみたい。
何だろう、ここにいるとなつかしい気持ちになる。
「アッちゃん、座ってて。遠慮しないでいいんだよ。ここはアッちゃんの家なんだからね」
ハルちゃんはやさしい。ぼくが昔のことを忘れちゃったから、だからやさしくしてくれてるのかな。
お父さんもお母さんもいない子だから、お兄ちゃんじゃないのに世話してくれてるのかな。
「お風呂沸いたよ。先にどうぞ」
「ねえ。ハルちゃん」
「なあに?」
ハルちゃんは、にっこりしてぼくをのぞきこんだ。
ぼくは、恥ずかしくて、赤くなった。
「あのね。一緒に、お風呂に入ってもいい?」
「え?」
ハルちゃんがびっくりしたようにまばたきした。ぼくの顔はもっと熱くなった。
「ううん、何でもない。ぼく、行ってくる」
あわてて、ぼくは立ち上がった。
だって、言えないよ。ひとりで入るのが怖いだなんて。
ぼくだってもうお兄ちゃんだから、だいじょうぶだもん。知らない家のお風呂だって、ひとりで入れるもん。