031
「どうして、ぼくを無視するの? お母さん」
子供が泣いている。
「そんなに、ぼくのことが嫌いなの?」
気づけば、自分と泣いている子供のふたりきりだった。
子供の母親らしきひとは、どこにも見えない。
歩み寄り、きみは誰かと子供にたずねた。
濡れた顔を上げて、視線を向けてきた。
「そんなことをきくの? 忘れたの? あなただって、ずっとぼくのことを無視してたじゃない」
そう言われても、まったく心当たりがない。
困惑していると、子供は表情を変えた。
少し考えて、これは哀れんでいる顔なのだと思い至った。
きみ、ほんとうはおつむが足りないんじゃないの、と前に誰かに言われたことがあった気がする。
そのとおりだ、何にもわからない。
「可哀想に。ぼくのことを知らんぷりするから、あなたは■■■■■■■■」
よく聞き取れない。
「ぼくは今までかくれんぼしてたの。あなたに閉じこめられてたの」
知らない。
「だけど、もう、あなたは■■■■でしょ。だから」
理解できない。
目をあけた。
夢を見ていた心地がしたが、どんな内容だったかおぼえていなかった。
ゆっくりとまわりを眺め渡した。
白い壁、白い天井、ベッドのまわりにひかれたカーテン、消毒薬の匂い。
ひどく懐かしいような、新鮮なような、変な気分だった。それこそ、昔夢の中で出会った光景みたいに。
ここは、どこだろう?
20060426, 20141006