024
ハルが暮らしているアパートに呼ばれた。デッサンのモデルになってほしいという。
「ナツは? ナツのほうがいいんじゃないのかな」
「これは、ナツには頼めない」
話を聞いて納得した。裸だなんて無理だ。
アトリエを兼用しているので、部屋の中はひどく明るい。私が手早く服を脱ぎはじめると、ハルが止めた。
「アキ、やっぱり……上だけでいいよ」
「そう? 平気だよ、寒くないから」
「でも。ごめんね」
妙に視線を伏せ、赤くなって口ごもるので、私はそれ以上何も言わず、指示されたとおりにした。
「じっとしているのは疲れるよね。寄りかかっていていいよ。寝てしまってもかまわない」
眠れるものかと思った。
スケッチブックごしに、真剣な顔で私を見つめるハルのまなざし。
ハルが私を独り占めしている、私がハルを独り占めしている。
体がわきたつように熱く火照った。鼓動がうるさく高鳴る。
それでも、ぽかぽかとした陽気に誘われ、ベッドにもたれたままいつしかうとうとと眠りこんでしまったらしい。
「アキ」
声に覚醒してはじめて、自分がいかに熟睡してしまったかを知った。
人前で、安心しきって意識を手放したことなどなかったので、少なからずおどろいた。
「起きて。アッちゃん」
小学生のときのように呼ぶハルが可愛くてうれしくて、私はそのまままぶたを閉じていた。ハルの声音の残響を、胸で反芻するようにころがしながら。
「よく寝てるなあ」
困ったような、笑ったような吐息。
ハルが動く気配がした。私の上にかがみこんだらしい。
うすく瞳をあけてみた。
私の右腕の近くに、ハルの横顔。
一生残る傷跡がついた腕のその部分は、感覚を失ったまま戻らない。
触られていても、感じない。
ハルはそこを指先でなぞった。それから、ゆっくりと、静かに唇を落とした。
私は動けなかった。
あのとき描いた絵を、きみはとうとう見せてくれなかったね。失敗したからと言い張って。
ナツの知らないところであんな時間を共有してしまったことを、きみも後ろめたいと思ってしまっていたの?
きみがそんなことを思い煩う必要なんて、万にひとつもありはしない。
そういうものは、きみの心をくもらせるものは、私がすべて引き受けるって決めてるから。