ふるふる図書館


018



 いつのころからか、私は常に気配を殺し、足音を忍ばせて歩くことをおぼえた。
 だからふたりは、まだ私に気づいていない。
 放課後の教室に、ふたりきりで、私を待ち続けている。
「アキ、まだかなあ」
 ハルが言う。
「アキ、遅いね」
 ナツが言う。
 夕やけの赤い光に照らされたふたりは、肩をくっつけ合うようにして椅子に座っていた。
 ハルは、美しい少年だった。高校の制服のつめえりが痛々しく映るくらい可憐だった。
 ナツは、美しい少女だった。男と同じ言動をしてもすでに隠せないくらい清純だった。
 大切なハル。
 大事なナツ。
 そんなふたりが、仲よく並んで腰かけているのだ。
 のみならず、そろって私の名を呼び、ひたすら私のことだけを考えているのだ。
「アキ、そろそろかなあ」
 ハルがつぶやく。
「アキ、きっともう来るよ」
 ナツがつぶやく。
 胸が熱い。胸が痛い。
 ああ、このまま時が止まってしまえばいい。
 それがかなわないなら、いっそこの場で死んでしまえればいい。
 息が止まって、心臓が止まって。
「あ、アキ」
 ハルが私に気づいて、けぶるような微笑を浮かべた。
「待ってたんだよ」
 ナツが屈託なく、底抜けに明るい微笑を浮かべた。
 私はいつものとおりに、すばやく普段の顔の仮面をかぶる。普段の声をつむぎ出す。
「ごめんね、遅くなって。帰ろう」
 今さら気がつく、このふたつの笑顔を奪ってはならないと。
 だから私は死んではいけない。
 できることなら、私は透明な存在になって、ずっとふたりに寄り添っていたい。
 私の存在そのものがきれいに透きとおってしまえたらどんなにいいか。この汚れた体ごと。中に流れる汚れた血まで。
 どろどろと濁りきった私というものがハルとナツのそばにいる資格なんて、あるんだろうか?

20060409, 20141006
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