017
「チナツ、お昼一緒に食べよ」
「ごめん、先約あるから」
「また? いつもどこかで密会でもしてるの?」
「密会だって。あははは!」
「そうやって笑ってごまかす気なのね」
「あ、遅くなっちゃう、またあとでね」
おれはクラスメイトに手をふると、荷物をつかんで教室を飛び出した。
中学校までとちがい、高校では、校内ならどこで誰と昼食をとってもよいことになっていた。
外に面した渡り廊下を走り、五階まで一気に駆けのぼった。
特別教室棟の端、屋上へつうじる階段。穴場だ。わざわざ、教室からずいぶん離れたこんなところまで来る生徒も教師もいない。
いつもひっそりと無人だ。
もう、ハルもアキも着いていた。
「お待たせ」
三人で、階段に腰をおろす。喧騒は、さざなみのようにかすかに聞こえるだけだ。
「はい、アキ。弁当」
包みを手渡すと、アキは困ったような、はにかんだような顔をする。給食がないのでいつも購買部のパンばかり買っていたアキ。
栄養が偏るからと、おれが手作りの弁当を持ってくるようになってだいぶたつのに、アキはいつも新鮮なおどろきをもって受け取る。
おかずを口に運んでいたアキが、ふと聞いてきた。
「今日は、おばさんが作ったの?」
「えっ、なんでわかったの?」
おれはぎくりとした。
「やっぱり、母さんのほうがうまい?」
「そういうわけじゃないよ、ただの勘。ナツのもおばさんのもおいしい」
「実は、今朝寝坊しちゃってさ。ああ、それにしても悔しいな、見破られたか! おれの腕前もまだまだだね」
アキはちょっとうつむいた。
「おばさんにまで、迷惑かけちゃって、申し訳ないな」
「やだな、迷惑だなんて。母さんはひとの世話を焼くのが生きがいみたいなもんなんだよ。またいつでもごはん食べにおいでってさ」
にこにことおれたちのやり取りを見ていたハルにも矛先を向けた。
「ハルもだよ! 来てくれたら母さんもよろこぶから」
ハルが笑顔でうなずくのを確認してから、アキが言った。
「ありがとう、ナツ、おばさんにもよろしく伝えといて」
アキは遠慮しているんだ。
おれにも、おれの一家にも、自分の母親にも。
それから、ハルにも。
よその家の子のように気軽に友だちの家で食事をごちそうになれない、箱入りで秘蔵っ子のハルをさしおいて、自分ばかりお呼ばれにあずかることに気兼ねしている。
おまけに、気兼ねしていることを悟られまいとしている。
ハルは、微笑むばかりでそこには何も触れない。
アキも、何も触れない。
おれも、何も触れないで、他愛もないおしゃべりに興じた。
こうして、昼下がりのひとときは過ぎていく。
埃っぽい空気を通して、高い明り取りからななめにさす光はやわらかく、アキとハルの肩にとまっていた。
いつ目を閉じても、思い出すことができる。宗教画のようにやわらかな光の筋に照らされたアキとハルの横顔を。
うす汚れた階段に舞い降りた、美しい天使みたいなふたりを。