ふるふる図書館


016



 おれとハルとアキは、そろって同じ高校に進学した。小さな町に密着していた中学までとちがって、ハルやアキの素性を知る者も少なかった。
 ふたりとも、女子の注目と人気を集めるのに長い時間がかからなかった。
 話し方、しぐさ、物腰のひとつひとつに、やさしさとやわらかさと気品と育ちのよさがただようハル。
 孤高を保ち、近寄りがたく、謎めいたかげりを持ち、おもねったりへつらったりするところがないアキ。
 ふたりと親しいというだけで、おれは羨まれた。また、共通点のない三人がなぜ友だちなのかとしつこく質問されたりもした。
 もうひとつわずらわしいのは、ハルまたはアキを紹介してくれるように、女子にせがまれることだった。
 冗談めかして、
「やだよう。あの子たちにはもったいなくて、きみたちはあげられません」
 笑ってごまかすか、
「そんなこと言って、おれじゃ不服なの?」
 真顔で問い返してみるかしても、かわしきれなくなってくる。
 ハルもアキも、どうして人目をひきつけるほど端麗な容姿をしているのか、しまいには腹立たしくさえなるのだ。まったく、ひとの苦労も知らないで。

「ハル、ごめん。どうしても断りきれなくってさ」
「いいよ、別に。ナツはたのまれるとほうっておけない性分だってわかってる」
 ハルは微笑んだ。
 そうなのだ。あつかましくねだられるのなら、おれにも考えがあるけれども、恥ずかしそうに顔を赤らめながら慎ましくお願いされるとむげにすることができない。
 約束どおり、放課後の下駄箱でふたりをひきあわせた。
「それじゃ、おれはこれで」
 ふたりの世界に同席するのも野暮だと、アキと一緒にさっさとその場を去ろうとしたのだが、彼女は必死に目で訴えてくる。
 おれは、お節介で世話焼きだと自覚してはいるけれど、恋愛沙汰はまるっきり門外漢なのだ。ハルやアキが、誰とどんな交際をしたってお互いがよければかまわないが、現場に居合わせたり巻きこまれたりするのは苦手だ。
 まいったなあと内心肩をすくめつつ、アキに合図を送ったら、アキはわかったというようにうなずいて先に去っていった。
 おれの困惑ぶりに、ハルがおかしさをこらえるような表情をしている。
「仲がいいのね、三人」
 彼女がうらやましそうに言う。
「うん」
 ハルが無邪気ににっこりとうなずいた。見る者をとろかすような笑顔だ。本人はわかっているのだろうか。
「ナツも、アキも、僕にはものすごく大事なんだ。誰よりも大切な友だちだよ。将来、どんなことがあっても、その気持ちはずっと同じだと思う。変わるとしたら、僕自身が変わってしまったってことになるもの」
「恋人よりも? 奥さんよりも重要?」
「そう。もし僕が結婚するとしたら、僕よりもナツとアキのほうに親切にしてくれるひと。僕が抱いてるナツとアキへの思いをしのぐほど、ふたりを気遣ってくれるひと。でもたぶん、そういうひとは現れないから、僕はきっと一生独身なんだろうね。いや、独りでいるほうがいいんだよ、ずっと」
 彼女はしばらく黙りこみ、「そういうことなのね」とぽつりと小さく口にした。
「三人の間にあたしが割りこんだらいけないってことね。あたし、チハルくんのお荷物になりたくないから、もう何も言わないことにする。時間取ってくれてありがとう、帰るわ」
 彼女は教室へと戻っていってしまった。おれはぽかんとして、ハルを見た。
「うまいことあきらめさせるね。ハルってそんなに、女の子のあしらいがうまかったっけ?」
「何言ってるのさ、それより早くここを出れば、アキに追いつくかもしれない。荷物を取りに教室に戻るよ」
 おれはにやりとして、後ろ手に隠していたハルの鞄を手渡した。
「すでに、ちゃんと用意しておきました。さ、走ろ」
 共犯者めいていてなんとなくおかしくなって、笑いながらふたりして校門を駆け抜けた。
「でもねナツ、さっきのはていのいい断り文句なんかじゃなくて、僕の本音だったんだよ」
 そう告白して、ハルは頬を朱を刷いたように染めた。彼女を相手にしていたときの、余裕に満ちた沈着さはみじんもない。それをごまかすためか、いきなり速度をぐんと上げた。
「あっ、待ってよハル! 照れかくししなくていいって!」
「照れてないよ」
「赤くなってるくせに」
「走ってるせいだよそれは!」

20060422, 20141006
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP