ふるふる図書館


015



 珍しいことに、ナツとアキと三人で花火を見に行くことができた。
 町内会のお祭りだ。有名な大会と比べれば規模はささやかだけれど、豪勢にたくさんの花火を打ち上げるのだ。
 近所の川原まで足を運んだ。
 僕もナツも新しく仕立ててもらった浴衣を着ていた。アキはいつもと変わらない服装だったけれども、アキを交えて遊びに行けることがうれしくて、ちっとも気にならなかった。
 見物人が鈴なりになっていたから、子供の僕たちは少しでも見晴らしのよい場所を見つけようとあちこち歩いた。
 ふと気づくと、アキの姿がなかった。
 こんな夜の中、こんな人ごみの中、子供がはぐれてしまうなんてたいへんなことだ。ナツと僕は花火もそっちのけで、アキを探した。
 やがて打ち上げがはじまった花火の轟音で、僕たちが呼ぶ声もかき消されてしまった。
 履きつけない下駄を懸命に進めた。
 人だかりが途切れ、花火の音が遠くなっても、アキは見つからない。
「どうしよう」
 ナツとふたりでためいきをついたとき、目の前の背の高い草の茂みががさがさと動いて、男のひとが出てきた。
 不意打ちを食らってまじまじと男のひとを見つめる僕たちに、相手は周章したように言い訳がましく口をひらいた。
「おれじゃない、向こうが誘ってきたんだ」
 逃げるように立ち去る。わけがわからない。
 茂みをのぞいたら、子供がいた。足を投げ出して座っている。
 花火のきらきらした光が、人形じみた無表情な顔を照らした。氷を滑らせたように、一瞬背筋がぞくりとした。すごく美しくて怖ろしいものを前にしたのと似た感覚に、暑いのに肌が粟立った。
「アキ、どうしたのこんなところで。探したんだよ。とにかく出よう、蚊に刺されるよ」
 ナツがきびきびと腕をひっぱって立たせてようやく、人形がアキなのだと認識できた。
「アッちゃん、何してたの?」
 僕がおそるおそるたずねると、アキはただ無言で首をふるばかりだった。
「あのおじさん、何なの?」
「さっき言ってたでしょ、被害者だって」
 アキはようやくそれだけ答え、それから川の方を指さした。
「花火。ここからも見えるんだね」
 つられて、ナツと僕が振り返ると、ひときわ大きな花火が空を華麗に彩っていた。
「ごめんね、ぼくのせいでずいぶん見損なっちゃったんでしょう。まだ終わってないから、一緒に見よう」
 アキは一心に、夜空を明るませる花に目を向けている。そんなアキの横顔を僕はこっそり盗み見た。
 気づいたのか、アキはふっとこちらに流し目をくれた。僕はどきりとした。
 ほんのわずかだけ視線が絡み合い、またアキはふいと瞳を逸らした。
 アキが何を考えていたのか、わかるよしもない。でも、その夜のできごとがアキへの不審をひそかに育ててしまったことを知るのは、ずいぶん年月を経てからだった。

20060519, 20141006
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