012
「猫みたいだ」
私に向かってそう言ったのは、誰だったろう。たぶんゆきずりの人間のうちのひとりだ、いちいちおぼえていない。
なのに、その台詞は耳に残った。
眠りこけているのかと思って顔をのぞきこめば、急に目をぱちりとあけるそのさまが猫に似ているのだそうだ。
人にすり寄ってくるくせに、絶対になつきもせず隙を見せることもない、警戒心の強い猫に。
そうだろうか?
私の体なんて価値がないものだ。私の命なんて取るにたらないものだ。そうでなければ、見ず知らずの他人の前で不用意にまぶたを閉じたりするものか。
警戒心は、自衛したい気持ちがあるから生まれてくるものだ。
私は、私を守りたくない。大事だなんて思いたくもない。
自分のことをどうでもいいと思わなければ、自分を殺そうとした人間とふたりで生活することなどできやしないはずだ。
私は、怖くなんてないんだ。恐れてなんかいない。おびえてなんかいない。おののいてなんかいない。ふるえてなんかいない。不安も緊張も、ほんのひとかけらもない。
そうでなければ、同じ家で眠ることも、食事することもできないもの。
私は、毎日毎晩やまんばのいる家に帰る。やまんばに襲われたって喰われたってへっちゃらなのだから。
知らない人間についていくのも平気だ。そこで何をされてもかまわない。
誰の思惑どおりにもならない誇り高い猫とはちがう。私には、自尊心も、美しさもない。
それなのに、なぜ、今までぐっすりと眠ったことがないのだろう?
ほんのわずかな気配で、すぐに目をさましてしまうのだろう?
もっと鍛錬しないといけない。
体も心もどんな目にあわされても平然としていられるように鍛えなくてはいけないのだ。一日たりとも休まずに。