011
やまんばにお客さんが来る日は、気配を殺して帰宅する。ランドセルのかたかたいう音も極力抑えて。
お客さんは、いつもおとなの男のひとだ。やまんばに喰われるために来るひとたち。食事のじゃまをすると叱られるので、私はなるたけ静かに通りすぎ、家の奥へ入るようにしていた。
玄関を上がると、突然、部屋の戸があいた。私をじろじろと見て、相手が言った。
「なんだ、あの女じゃないのか。おい坊主、あの女はどこだ?」
あの女とは、やまんばだろう。知らないという意味をこめて、無言で首をふった。男は舌打ちした。
「ちぇっ、どこに行きやがった」
男の前を歩いて行こうとした私は、腕をつかまれ、部屋の中にひきずりこまれた。
「お客さんをひとりにしておくなんて、行儀が悪いぞ。相手をしろ」
私は察した。やまんばがお客さんを喰うように、これから自分がお客さんに喰われるのだ。
男は私のあごをつかんで仰向かせた。
「へえ、餓鬼のくせにやけに色っぽいじゃないか。あの女相手より、よほどぞくぞくするな」
しかし、男の思いを遂げることはできなかった。やまんばが帰ってきたのだ。
私はやまんばに頬を張り飛ばされ、床にころがった。やまんばはひややかに吐き捨てた。
「あたしの目を盗んで、あたしの男に色目使ってるんじゃないよ。あくどい子だね」
ことが明るみになると、すべてが私のせいになる。
堕落したのは、私のせい。
気の迷いをおこしたのは、私がたぶらかしたせい。
こんなことになったのは、私が誘ったせい。
悪魔。魔性。魔物。いるだけで害悪をもたらす。それが私。
「そんなに好きだっていうなら、これから、望みどおりにしてやるわ」
私は、こうして、喰われ続ける。
どこにでもいるふつうの餓鬼だったら、それでも私の生活はちがっていただろうか。餌食にも供物にも贄にもならなかっただろうか。