006
小学校の机はふたりがけだった。男子と女子とが並んで座らされた。
真ん中に線をひいて、男子はうるさく主張する。
「ここからもの出すなよ、こっちに来たらおれのものにするぞ」
おれの隣はアキの座席だった。
アキは、おれのものがあれこれはみ出ていようが、一言も文句をつけない。
そのくせ、境界線を律儀に守り、持ちものをこちらの領域に踏みこませたことがない。
消しゴムも、鉛筆も、教科書やノートのはしっこさえも。
でもひとつだけ例外があった。
アキは右の席、おれは左の席。
アキは左利き、おれは右利き。
左手で字を書くのは、右手に障害があるせいなのか、もとからなのか、おれにはわからない。
アキは一心不乱に鉛筆を動かす。こうべを垂れて祈りをささげているひとのような静かなたたずまいをしている。
ときおり、腕が境界線を出て、おれのひじに軽く当たる。我に返ったおももちで、作業を中断する。
「ごめん」
小声で謝って、右手に鉛筆を持ち替える。速度がぐんと落ちる。動きがぎこちなくおぼつかなくなる。筆跡になめらかさが消える。書き損じが多くなる。消しゴムのくずが増える。
しばらくたつと、また左手に鉛筆を戻す。集中すると、また腕が境界線を越える。
おれは、アキに気づかれないように、そっとそっと左に寄る。
アキの祈りを妨げないために。
20060412, 20141006