003
アキのことは、よくないうわさが絶えなかった。
小学生にはよくわからないことばかりだったが、それでも異端のにおいを彼らは敏感にかぎつけた。あきれるくらいに鈍感なこともあるくせに。
あたかも肝試しに行く調子で、アキの家に行ってやろうとクラスの男子たちが画策した。
「アキはあばら家で、人喰いやまんばと一緒に住んでるんだってさ」
「よし、やまんばを退治しに行こうぜ」
「ナツも来るよな、特別におれたちの仲間に入れてやるよ」
「興味ないよそんなの」
おれが誘いを断ると、待ってましたとばかりにやんやとはやしたてられた。
「あははっ、さては怖いんだろう」
本気で男子をばかだと思うのは、こういうときだ。
アキが教室に入って来たので、男子たちはぴたりとおしゃべりをやめた。
それでも、目配せをしては、こそこそと何かささやき合っている。
アキはいつもどおり顔色ひとつ変えずに、おれの席の隣にひっそりと座った。
こんなに落ち着いていて、ものしずかで、賢そうなアキがやまんばの子供だなんて、そんなことあるはずないじゃないか。
「ナツ、こんなところまでついて来たの?」
おれに気づいていないと思っていたのに、突然アキが振り向いたのでぎょっとした。
興味本位でアキのあとをつけてたなんて、絶対に思われたくない。
「ほらこれ、忘れもの」
アキのハンカチを急いでさしだした。すぐに追いついて渡すつもりだったのに、慣れない場所で迷ったのとアキの足が速いのとで、ずいぶん長いこと、ランドセルを負ったアキの背中をさがしていたのだ。
「わざわざありがとう。ナツは信じてる? あのうわさ」
まさか、と否定すると、アキはふふっと笑った。
「でも、ほんとうなんだ。うちはあばら家だし、人喰いやまんばもいる。ほら、ここだよ」
アキがやぶの中を指し示すまでは、おれにはそこが家だとわからなかった。それくらい、おれが持っていた住まいの概念からかけはなれていた。こんなところでアキが暮らしてる? もしかしてからかってるのか?
おれの戸惑いにおかまいなしに、アキは壊れかけてぼろぼろのドアをひらいた。
「ただいま、同級生連れてきた」
同級生か、友だちじゃなくて。アキのことばに一瞬落胆した。
「見てかないの?」
やぶの入口にただつっ立ってるおれに、アキが問う。
「アキは、見せたいの?」
「ナツが、見たいのなら」
「だったら、おれのことを『友だち』だと呼べるようになってからにしてよ。『同級生』じゃなくてさ。
それまでは、おれは、何も見ないから」
アキ、ほんとうを言うと、あのとききみに好奇心があったんだ。ハンカチは口実だった。アキと一緒にいる口実ができてわくわくしたんだよ。
それを見透かされている気がして少し怖かった。
だけど、おれの好奇心が、きみを傷つけたんじゃないかって考えると、もっと怖かった。
きみはあのとき、いったい何を思っていたの?