ふるふる図書館


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 ハルと、ナツと、アキ。
 三人の世界にほかのひとを踏みこませたくない。無意識にそう思っていた。
 だけど、それではだめなんだ。三人がお互いだけしか見えない、お互いだけしか必要としない、お互いなしには生きていけない、そんなべったりとくっついた間柄では。
 ほかのたくさんのものもないがしろにせず大切にしていこう。自立しないと他者を縛りつけてしまうから。足かせになってしまうから。
 常に一緒にいなくていい。離れていたっていい。お互いを想う気持ちさえあれば。お互いを支える心が生きているのなら。どこにいようと、三人は友だちだ。
 たとえ死が三人を分かつとも。

 ばらばらに砕け散ったかけら。
 拾い集めて、つなぎ合わせて、でもたりなかった。欠けていた。なくしてしまったのか、もともとなかったものなのか、わからないけれど。
 アキのかけらは、ハルが持っていた。ナツが持っていた。アキはアキになれた。
 なのにまたしても、壊れた。今度は精神ではなくて、肉体が。

 神さま、あんまりだ。アキはまだこれからなのに。やっと幸せをつかもうという矢先に。アキがどんな罪をおかしたっていうんだ。
 運転手がほとんど無傷で助かったのは、アキが身を呈してかばったからだろう?
 自分を犠牲にして誰かを守るのがアキだ。おれたちだけは、ほんとうのアキを知っていた。たとえ世界中の人間が、アキを指さして悪魔だやまんばだと呼ぼうとも、ハルとおれだけは。

 ナツ。ありがとう。
 これが私の運命だったんだ。だからかなしまないで。
 最後に、誰かを破滅させることがなくてよかったと思ってる。事故は私のせいだったけれど、でもひとを救うことができたから、私は、悪魔でもやまんばでもなくなったのかな。
 私はもう充分幸せだったんだよ。きみたちと友だちでいられたんだもの。きみたちのおかげで、やっと私は私になれたんだもの。
 ああ、もう私の声は、ナツに届かないんだね。

 アキ! 僕がわかる?
 だめだよ行かないで。
 そんな勝手なことしたら、僕はきみを許さない、一生許さない。絶対に。
 あれから僕と会わないままだったじゃないか。そんなのひどいよ。
 目をあけて。僕のことを見てよ。アキ、僕たちを置いていかないで! また帰ってきて!

 ハル。
 そうか、新聞記事を見てそれで来てくれたんだね。
 だいじょうぶ、私は、いつでもきみたちのそばに寄り添ってるよ、姿が透きとおって見えなくても。
 ああ、腕をのばしても、ハルは私に気づかない。管と機械に囲まれてベッドに横たわる私の肉体に、ほとんどもぬけの殻と化した私に、必死に取りすがるばかり。
 ハルの感触も伝わってこない。体温もわからない。
 わがままを言っていいのなら、もう一度だけでいい、そのぬくもりをたしかめたい。いつも私にさしだしてくれた手のあたたかさを。

 生きて!
 その目でふたりの顔を見たいでしょう、その耳でふたりの声を聴きたいでしょう、その唇でふたりに声を届けたいでしょう、その手でふたりに触れたいでしょう、もうふたりをかなしませたくないでしょう。
 だから、生きて、アキ。
 ほら、一、二の、三で、まぶたをあけるんだ。
 あなたはもう、何かをあきらめなくていいんだよ。

 白い天井。白い壁。白いカーテン。消毒液の匂い。
 泣いているナツ。
 泣いているハル。
 ふたりが、涙に濡れた瞳を大きくみはった。
 低い、小さな笑いが空気をふるわせるのを感じて。

「ふふっ。またふたりして、私のことで泣いてるんだね」

 粉々のかけらをふたたび組み合わせていく日々が、これからはじまる。
 それでも、二度と見失うことはないだろう。手に入れた、いちばん大切なラストピースを。

20060705, 20141006
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