061
今まで作ってきた、積み木のお城は壊れてしまった。
あの男がめちゃくちゃにした。かるはずみに。
誰かに土足で踏みにじられるくらいなら、辱められるくらいなら、もう二度と、作らないほうがいいのかもしれない。
床にころんと丸まった姿勢で寝ころんだまま、私は積み木をもてあそんでいる。ひたすら、積み上げたりくずしたり、かたちを変えたりしている。
ハルとナツはどうしたらいいのかと困惑している。
ここで男に暴行されかけてから、私が、よりいっそう幼くなってしまったのを悲しく思っている。
私はトイレのときでさえ、たまにハルの手を借りるようになった。
そんなことを、ハルにさせたくない。そんなところを、ナツに見られたくない。
私に深入りした者は、みんな身を破滅させていく。先日、私と視線が合っただけで勝手に勘ちがいして捕まったあの男、私の過去の「客」も例外ではなかった。
でもハルとナツだけはちがうと思っていた。みんなとちがうやりかたで私に接するから、不吉な運命の外にいるのだと考えていた。
いや、それははかない願望だったのだ。そう信じていなくては、私はハルとナツのそばにいることができなかったから。
今のままでは、私は確実にハルとナツを滅ぼしていく。
ふたりから離れなくてはいけない。
ふたりをだめにするのでなかったら、私には、ふたりに捨てられる道しか残っていない。
そんなことされたら、絶対に耐えられないだろう。耐えられない私にも耐えられないだろう。
ふたりのそばにいたい私。逃げたい私。
汚れた私。汚れてない私。
男の手を受け入れる私。拒む私。
ほんとうの私はいったいどれだろう。
積み木を私は何度も組み立て、崩す。
ハルとナツと私になぞらえて、組み上げ、壊す。
私の中にいるもうひとりの幼い私はその遊びに夢中になっていて、私が何を考えているのかおかまいなしだ。
やっぱり、いなくなろう。遠くへ行こう。でも、どこへ?
私はどこに住んでいたんだろう。記憶はまだあいまいで、あやふやだ。それとも、思い出したくないだけなのか。
どこにも居場所のない私は、私の中に逃げこむしかない。結局、そうなのだ。
それが、もうひとりの私のたくらみなのだ。思うつぼなのだ、勝利なのだとわかっていても。
閉じこもって、目を閉じる。耳をふさぐ。心を閉ざす。
「アッちゃん、おいで。お茶にしよう」
ハルちゃんが呼んだ。
「はあい」
返事をして立ち上がった。
あれ。ぼく、今、何考えていたんだっけ。むずかしいことだったみたい。忘れちゃった。それよりも、早く手を洗ってこよう。今日のおやつ何かなあ。