第五章
「ユーリは、ほんとうにきれいな子だね」
ユーリの部屋。ベッドに腰かけた叔父が、ひざに乗せたユーリをなでた。
「ほら、髪も、頬も、あごも、うなじも、指も、爪も……」
ユーリは体をくねらせた。
「ねえ、もう……くすぐったいから、やめて」
「どうして? 小さいときは、もっともっと、っておねだりしていたじゃないか」
からかいを帯びて、叔父の手がのびてきた。繊細で、ほっそりした手は、ユーリと共通の特徴であり、血縁をあきらかに示していた。
「ぼく、もう十二歳だよ、お願い、叔父さん」
小さくあえぐ合間に、かぼそく訴えた。
「やめても、いいの? それとも、ユンのほうがいい?」
耳もとで低くささやかれる声に、ユーリはぴくりと身をすくめた。
かつて、ユンをけしかけられたことがあった。あたたかい息と、ふさふさした毛並みと、ざらざらした舌とが、あらわにされたユーリの肌を這う感覚は、忘れられなかった。
叔父は、ユーリがどんなに涙を流しても、懇願しても、うっすら笑いながらカメラのレンズを向け続けたのだった。
「うそ。冗談だよ。こんなに可愛いユーリにひどいことするわけないじゃないか。愛しているんだから。ねえ、愛しいユーリ」
肩をこわばらせるユーリを抱き寄せて、叔父は含み笑いをした。
叔父はたやすく、ユーリの体をいいように扱った。いくら上体をよじらせて拒絶のそぶりをしてもまるでむだなほど、その腕は巧みだった。
「恥ずかしいよ、叔父さん」
伏せようとする甥の顔を、少し強引に頬をとらえて上げさせた。
ユーリは瞳を落とした。
「まつげがふるえてるよ、ユーリ。こちらをごらん。ぼくの目をちゃんと見て、名前を呼ぶんだ。もちろんできるよね? さあ」
叔父がものやさしい口ぶりで命令した。
おずおずと視線を上げたユーリは、短く息を吸いこんだ。
ジュリ君が、見ている。
ユーリは眉をきつく寄せ、叔父の胸に発作的に顔をうずめた。
「見ないで。見ないで」
「ユーリ?」
問いかけてくる叔父に、かぶりを振った。それはまるで、頬をすり寄せるしぐさだった。
「いやだ。見ないで。見ないで。見ないで」
繰り返す声はいつか甘いひびきをまとい、本当はジュリに見てほしいのではないのかとユーリの胸にそんな思いがよぎった。
ジュリは、一部始終を見ていた。
すでに夜になっていた。
叔父が身づくろいをすませて去ったあとも、ユーリはひとり、ぐったりとけだるく、ほてった全身をベッドに横たわらせていた。
ジュリは、かるく汗ばんだユーリの顔にかかった髪をかきあげ、うっすらひらいた唇にそっと触れた。ベルベットのようにつややかでやわらかかった。いつかふたりでちぎって遊んだ、薔薇の花びらに似ていた。ただ、熱を帯びていたところが、違っていた。
それを確かめてから、ユーリの部屋を出た。
ユーリの母の寝室から、声がもれていた。
そっとのぞくと、ベッドに男女の姿が見えた。
ユーリの母と、つい先刻まで、ユーリに戯れかけ、その体をほしいままにしていた叔父だった。
ピアノは、ユーリが弾けないようにした。かたときも離れずユーリにつきまとっていたレンも、遠ざけた。浅はかで未熟で無知な、ユーリの同級生たちも、また。
母は、温厚で若々しく美しかったはずだった。
叔父は、賢明でやさしく美しかったはずだった。さきほど、ユーリを玩弄していたときでさえ。
ベッドでもつれ合う母と叔父は、実に醜かった。声も、息づかいも。ユーリには、まるでふさわしくない。似合わない。
こんなつまらない俗物たちが、ユーリのそばにいていいはずがない。
これも、排除しなくては。
ジュリは、足音を立てずにキッチンに行き、ガラス戸棚をひらいた。
ふたりは無我夢中になっており、まるで気づかなかった。寝室に入っても、サイドテーブルに近づいても、水差しにたたえられた鉱泉水に薬物を混入しても。