第四章
ジュリと会うのは、夜中が多くなった。
家族がみな寝静まってから、ユーリはこっそり街へ出て、ジュリと合流した。
あるとき、ジュリの提案で花火をした。
真夜中、人通りの絶えた街外れの電話ボックスに、ふたりで作った火炎瓶を投げつけた。電話ボックスだったものはいくつもの細かい破片になり、街灯にきらめきながら石だたみに降りそそいだ。
「きれいだね」
ユーリはうっとりと微笑んだ。
またあるときは、実験をした。
犬がいるために猫を飼えないユーリが、飼い猫のように可愛がっている、漆黒の色をした野良猫が、ユーリの呼びかけに応じて空き家の影から姿を現した。
「おいでノエル、いい子だね」
ユーリはその小さい頭をやさしくなでさすった。
されるままにおとなしく気持ちよさそうにのどを鳴らしている黒猫に、ユーリはポケットからビスケットを出して食べさせた。
ビスケットをかじった猫は、四肢を痙攣させ、硬直させ、金色の目をくるりとひっくりかえし、その場にぱたりと倒れた。
ユーリはクロノグラフタイプの腕時計の蛍光塗料が塗られた針を見つめた。
きっかり三分後、猫は蘇生して立ち上がった。足元がふらつき、ややおぼつかなかった。
「息を吹き返した。成功だね」
ユーリは頬を紅潮させて、ジュリの顔を見た。
「きみが持ってきた薬、すごい効果があるね。もう少し量を増やしてみようか。そうすれば、仮死状態が長くなる。
でも、多すぎたら本当に死んでしまうね。さじ加減が難しいところだ」
「次にためすときは、もう少し多くするんだ。習慣性があるから、効きづらくなる」
「わかったよ。すごいね、ジュリ君は物知りだなあ」
注意深く調節していたつもりだったのに、数回の実験の果てに、猫は死んだ。
カボションカットのガラスの下、ユーリの腕時計の秒針が何度、文字盤をめぐっても、起き上がってこなかった。
「これが、致死量だったんだね。もう実験できない」
ユーリは、猫の体に触れた。
「まだ、あたたかい。ぼく、ノエルのこと、気に入っていたんだ。どこか、ジュリ君に似ていた」
体温を確かめるようにまさぐりながら、ユーリは続けた。
「ぼくの前から、友達がどんどん去っていくんだ。日がな一日、ジュリ君のことばかり考えているからかな。変だね、きみはぼくの秘密の友達だから、誰も知っているはずないのにね。
ピアノも弾けなくなったし、ノエルも死んでしまったし。いよいよ、ぼくにはきみしかいないみたいだ」
ジュリは、かたわらの薔薇の生垣から赤い花をむしりとり、猫の死体に散らした。
「きれいだろ」
ユーリもそれにならった。今を盛りと咲き誇る薔薇を次々と摘み、花びらを撒いた。夜気に、むせるほど濃厚な芳香が立ちこめた。
「どうせ、いつかは死んで腐ってしまうし、いつかは萎れて枯れてしまうんだ。だったら、きれいなうちにきれいに葬ったほうがいいに決まってる」
猫を埋め尽くすほどの薔薇が、月からしたたる銀粉にきらめいて、石だたみを紅にいろどった。
酩酊したようにきれいだ、きれいだと繰り返し、くすくす笑いながら、ユーリはジュリと一緒に花を降らせた。色に酔ったのか、香りになのか、わからなかった。
ユーリの手首を、ジュリがふいにとらえた。
ユーリの指先から、赤いしずくがしたたり落ちていた。
「ユーリの指先は、薔薇の香りがする」
血液を舌ですくって、ジュリが低く言った。
「この木は危険なんだ。薔薇のとげで死んだ詩人もいるくらいだから」
「知ってる。叔父さんに教えてもらった」
そう応えたユーリを、ジュリは唐突につきはなした。
「すぐに叔父さんの名前を出すんだな」
「しかたないよ、叔父さんのことは尊敬しているもの。やさしいし、ぼくが小さいころからずっと一緒に住んでいるし」
「だったら、叔父さんと遊んだらいいだろう」
唇をユーリの血で真っ赤に染めたジュリの腕を、ユーリはつかんだ。
「行かないでよ、お願いだから。黙っていなくならないで。きみに、なんてののしられてもいい。きみといると楽しいんだ」
「うそつき」
「うそじゃない」
「どうして、あんたはそううそつきなんだろうな、ユーリ。みんなを今までたやすく欺いてきたんだろう。でもおれには通用しないよ」
言い放ち、ジュリは去っていった。