第六章
抜けるように青い空の下、粛々と、母と叔父の葬儀は進んだ。
黒い衣服を着用し、喪主をつとめたユーリは、暑い初夏というのに汗を流さなかった。
涙も見せずに、仮面のような無表情を貼りつけたままだった。あんな事件があったあとでは当然だ、とみなが納得した。
家族が一度にふたりも世を去っただけでも耐えがたいことなのに、息をひきとる寸前まで、姉弟であるふたりが何をしていたのかは一目瞭然だったのだから。
「服用していた薬の量を間違えたんですね。眠ったまま起き上がれなくなったんでしょう」
「それにしても本当なんですかね。無理心中といううわさは」
「しっ、聞こえますよ、あの子に」
「ありそうなことですよね、ふたりがのっぴきならぬ仲だったことは、公然の秘密でしたから」
「まさか。あんなに莫大な資産があるのに、なぜ自殺などしないとならないのです? あの薬は、睡眠薬なんかじゃないらしいですよ。より深い快楽を求めるために使う薬ですって。いったい、どこの国から入手したのやら」
ひそひそとささやきかわす声。母や叔父の地位と財産にだけ群がっていた大人たち。
級友たちも、遠慮して、遠巻きにしていた。誰も、ユーリに近づこうとしなかった。
ユーリは孤立した。
ユーリは部屋に閉じこもるようになった。学校にも通わなくなった。
警察による取調べもおこなわれたが、ユーリからは、事件のとき自室で眠っていたという証言しか得られなかったため、疎遠になった。
他人との接触は、家政婦が食事を持ってくるときだけになった。
喪失感に打ちひしがれている傷心のユーリを気づかい、残ったわずかな使用人たちも何も言わなかった。
へだたりが生まれ、そのうち交わすべきことばを失っていった。
月蝕だった。太陽が、きよらかな月のあかりを侵蝕していた。
月は、太陽光を反射してかがやく。では、もし太陽がなかったら、誰からもかえりみられることはないのだろうか。
いや、違う。
太陽が月を蝕むのと同様、月が太陽を侵すこともある。昼日中だというのに、あたり一面は暗闇に支配され、期待とおそれに満ちたまなざしを、ぼくはかつて空に向けたことがあったっけ。
窓から、しんしんと染み入る光と闇を、鍵をなくしたままのピアノがはね返していた。
明かりをつけない部屋に、水槽の水の影がゆらいだ。
魚はどうしたろう? そうだ、ある朝、みな白い腹を見せて死んでいたのだ。ぼくは、それを、一匹ずつ庭に埋葬した。誰のしわざかもちろんわかっている。そんなことをするのは、ひとりしかいない。
レースのカーテンがそよいだ。
ぶかぶかした大きめのパジャマに身を包んだユーリはベッドに寝ころんだままぼんやりとしていたが、その瞳を細めていきいきと微笑んだ。
「ジュリ君。来てくれたね」
ユーリは、ジュリの手をとった。
「ひとりなのか」
「そうだよ、ほら、誰もいなくなっちゃった。友達も、家族も、可愛がっていた犬も猫も熱帯魚もね。これが、きみの望んだことでしょう?
わかってるもの。みんなみんな、きみが仕組んだことだって。そんなことができるのは、きみしかいないよ。
ぼくたちふたりきりになったね。でもいいんだ。ぼくには、きみがいてくれれば、それだけでいい。ね、うそじゃないよ。今度こそ信じてくれるだろう。
だって知ってるから。ずっと一緒にいてくれるって。ずっとというのは、いつも、いつまでもっていう意味だよ。
ずっと、ふたりでいよう。世界が終わろうと、時間が止まろうと、宇宙が消えようと、ぼくたちには関係ないのだもの」
ユーリは、ジュリを抱きしめてささやいた。
「ピアノの鍵、返してくれるよね。きみとぼくのためにだけ弾くんだから。
調律なんてしなくていい。ただそこにあるだけで狂っていく楽器なら、狂ったままにしておけばいいんだ」
ジュリの体はない。もしあるとしたら、ユーリと共有しているものだけ。
ジュリの存在は、ユーリ以外に誰も知らない。ジュリは、ユーリの中にしかいない。
だからもし、この光景を誰かが目にすることがあっても、ただユーリがひとりでベッドに横たわっているのを見るだけなのだった。