ふるふる図書館


第三章



 レンは、ユーリにあこがれていた。気がつくと、ユーリの姿を目で追っていた。一挙手ごとに、視線がくぎづけになっていた。
 知らず知らずのうちに、ユーリのしぐさを模倣していた。しゃべりかたから、気にいらないことがあると鼻の頭にしわを寄せて舌を出すくせまで。器用さについては、ユーリに及びもつかないことは承知の上で。
「レン、いったい誰の真似をしているんだよ」
 友人たちにからかわれたことも一再ではなかった。
「うるさいな、どうだっていいだろう。ほうっておいてくれよ」
 レンはそっぽを向いて、赤くなった顔を隠した。
 ユーリを独占したくてたまらなかった。しかし、彼はいつも友達の輪の中心にいたため、かなわない望みだった。
 だから、突然ユーリに呼び出されたときは、足から翼が生えたような心地で、あとについていった。
 公園のベンチに並んで座り、どうでもいいような話をユーリは続けた。もっとも、レンにとっては宝物のようなものだったけれども。
 新しく発見された彗星のこと、駅前にできた模型屋の新商品。
「ねえ、どうしてかな?」
 流星群の話をしていたと思ったら、突然そうたずねられた。
「何のこと?」
「ぼくのこと。いつも見てるだろ」
 レンはあやうく、飲んでいたレモネードでせきこむところだった。
「ぼくが? なんだよ、いきなり」
 はっきりと頬が赤らむのを感じた。それが、飲み物にむせたせいにしたくても、本心を相手に見透かされているようで、ますますあせって余裕をなくした。
 ユーリは無邪気に問いをかさねた。
「違うの?」
「違わない、けど」
 レンは、ユーリの袖口にある飾りボタンを見つめた。パープルピンクだ。既製服が平凡すぎるからと、自分でつけかえたものだ。
 突拍子もない派手な格好をしても、不思議と似合ってしまうセンスと品のよさが、ユーリにはあった。レンにはとうていできない芸当だった。
「どうして?」
 小首をかしげてたずねてくる、屈託のない笑顔がレンにはまぶしかった。
 下を向いて黙っていたレンは、ユーリが身を寄せてくる気配を感じた。
 あっと思ったときには、ユーリの唇がレンの唇に触れていた。
 ユーリが離れても、レンはその顔を直視することができなかった。こんなことは初めてだった。どんなにユーリのことがまばゆくても、まっすぐに見つめていた。
 だが、レンはこのとき、ふせたまなざしを永久に上げることができないような気がした。
 ユーリの指がレンの頬をおさえ、もう一度唇を合わせようとした。レンは首をねじって逃れようとしたが、抵抗する力は弱々しかった。
「もう、いいの?」
 ユーリがたずねた。レンはうわずったかすれ声で言った。
「きみは誰だ。ユーリにそっくりだけど、ユーリじゃないだろう」
「何を言ってるの? ぼくはユーリだよ」
 くすくす笑って、ユーリはささやいた。
「ね、本当はもう一度したいんだろう?」
「違う。いやだ、もう」
 レンはぎゅっとかたくまぶたを閉じた。世界をすべて消してしまうかのような強さで。
「無理するなよ」
 ユーリは、ますますレンの耳に近づいた。
「認めてしまえよ。きみは、『女の子』なんだ。とうてい、男の子にはなれない。ユーリにはなれない。自分のなりたかった姿を、ユーリに投影しているだけだ。
 ほらね、だからユーリが男で、自分が女だということに目をつぶりたがってる」
 違う、と反駁しかけたレンの口を今度こそユーリの口がふさいだ。
 レンはめまいがした。全身から力が抜け、背筋を甘くしびれさせるさざなみが走った。呼吸が乱れ、涙がにじんだ。
 もう、ユーリのそばにはいられない。対等に目と目を見交わすこともできない。気づいてしまったから。
 気づかなければ、もう少し長く男の子でいられたかもしれないのに。
 レンの下腹に鈍痛が走った。
 彼をつきとばすようにふりきって、その場を逃れ、トイレに駆けこんだ。
 月のめぐりがもたらした初めての血液が下着を赤く染めたことを知り、レンは青ざめた頬にまた落涙した。

20050301
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP