ふるふる図書館


第三部

第九話 満員御礼の喫茶店



 伯母の経営する喫茶店「ハーツイーズ」で、森川知世は、春日玲や滝沢季耶、飛鳥瑞樹とともにお茶の時間を堪能していた。
 玲がたずねた。
「森川、男らしくなるっていう宣言はどうしたんだ。ちっとも変わってないように見受けられるが」
「あ。すっかり忘れてた。いや、今からでも遅くない。よしがんばろう。おーっ」
「むだむだ。あきらめたほうがいいわ、知世ちゃん」
 店にたまたま顔を出していた伯母がころころ笑い、夢も希望も前途もある青少年がみなぎらせた決意を、いともたやすく撃砕した。
「本人やまわりがどう言おうと、知世ちゃんは女の子としてご先祖さまに認識されてるんだから」
「ご先祖さまって、七瀬家の?」
「そう。七瀬の家は代々、男子短命でしょう。
 でも知世ちゃんは、森川の実家にいたころはあんなに病弱だったのに、こっちに住むようになってからは、めきめきじょうぶになっちゃって。元気はつらつ、ぴんぴんしているじゃない。何しろ十七歳まで生きてるのよ。
 だから知世ちゃんは、もう男っぽくなんてなれっこないわよ」
「ふむ。女子じゃないと、余命がちぢむのか」
 玲が感心した。まるで呪いだ。この外見も呪いなのか。ひどいやそんなの。
 伯母の次女、知世のいとこの七瀬菜月(ななせなつき)は、中性的な装いを好んでするし、その姉の芙雪(ふゆき)は、全体的にはすっきりとした痩せ型だが、ほれぼれするような筋肉美を誇っている。
 あえて女性らしさを強調しなくてもいられるのは、持って生まれた性別の強みなのか。うらやましい。
「まあ、知世ちゃんもこれで安心して、七瀬家を継げるわね」
「えっ。森川先輩、七瀬家の養子にでもなるんですかあ?」
 季耶が眼をらんらんと光らせて、カップをひっくりかえさんばかりの勢いで身を乗り出す。
「まだ決まったわけじゃないよ」
「ご当主になったら、おれも住まわせてくださいね。家賃払いますから。同居するだけなら、寿命はまっとうできるんでしょ?」
「そうねえ。昔はたくさん使用人がいたけれど、平穏無事に暮らしていたわ。要するに、七瀬家の人間にならなければいいのよ」
「それじゃあ」
「もちろん大歓迎よ。楽しくなるわ」
「うわーい。やったあ」
 伯母と季耶は、知世抜きでかってに話を進めている。
 盛り上がっているふたりを尻目に、知世は頬杖をついた。
「一生、男らしくなれないのかな。おれって」
「別にいいじゃないか。そのなりのほうが、断然受けがいいだろ、今は」
「ひどいな、お前。えいっ。こうしてやる」
 むすっとして、知世は玲の白蜜ぎゅうひアイスクリームをひとさじすくって食べてやった。
「そんなわけでだ」
 めがねのレンズをきらりと光らせ、立っていたのは生徒会長。知世はうげっと身をひいた。体に刷りこまれた条件反射である。パブロフの犬状態だ。
「いきなりだなあ。いったいいつからいたんだよ?」
「わたしは、きみのいるところに存在しているのだ、森川知世」
「で、何が『そんなわけ』なんだ」
 知世がただすと、生徒会長はもったいぶって咳ばらい。
「今年の学園祭で、わが三年一組は、模擬店をすることに決定したのだ。そこで、ぜひ森川知世に手伝っていただきたい」
「クラスが違うのにか?」
「先日の生徒集会で発表したろう。ヘッドハンティングが解禁になったと。
 きみが引き受けてくれれば、わがクラスの目玉になること必至。是が非でもやっていただきたい、給仕係を」
「わざわざよそまで出張って、なぜそんなことしないといけないんだ」
 知世の抗議は馬耳東風。
「衣装もすでに用意した。身長百五十九センチ。ウエスト五十五センチ。靴は二十四センチ。きみのためにあつらえたのだ。どうだぴったりだろう。光栄に思っても、ばちは当たらん」
 サイズをどうしてそこまで知ってるのかという疑問を完全無視して、紙袋から服を取り出し、いそいそと広げてみせる。
 ひらりひるがえる綺羅の世界。
 ……こ、これは。
「給仕係というよりは」
「ウエイトレス。いや、メイドさんだ!」
 玲と季耶がこもごも直感を述べる。知世は四肢をじたばた振りまわした。
「やだやだ。絶対やだ。おれは見世物か? さらし者か? こんな報いを受けるほど、おれは前世で悪業おかしてるのか? 客寄せのおとり商品として利用されるのなんて、まっぴらごめんだぞ!」
「だだをこねてはなりません、森川先輩」
 これまたいつからいたのやら、小園深晴が口をはさんだ。何を言い出すのかとおびえきり、戦々恐々の知世に、かんでふくめる口調で諭す。
「美術部の総力を挙げてリサーチした結果、先輩に着せる衣装のセンスがもっともよかったのが、三年一組だったのです。
 ここで生徒会長の申し入れを蹴ったら、あなたは美の世界への扉を見失い、俗悪なる世界へと堕するのですよ」
 まさか、美術部が共同戦線を張ってこようとは。
「さあ、年貢の納めどきだぞ、森川知世。悪あがきは時間のロスだ」
 思いがけない助太刀を得て、服を手にした生徒会長がずんずん肉薄してくる。
 たまらず知世は席を立ち、すたこら遁走をはかることにした。
「おのれ、逃げる気か。卑怯なり!」
「いざゆかん、美の国へ!」
 追いすがるふたりに、知世はあっかんべをした。
「ふん! おれは絶対男らしくなってやる! 今に見てろよ!」
「それはむりって」
 瑞樹がつぶやく。
「うわーん。ご先祖さまの意地悪!」

20040621
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