ふるふる図書館


第三部

第二話 意気揚々の新聞部



 四時限めの授業の終了を告げるチャイムが、桜花高校の学び舎に鳴りひびいた。
 森川知世を取材するため三年五組の教室にやってきた田浦悠里につづき、春日玲も顔をのぞかせた。
「春日、登校してたのか。用があるのか?」
「ただの好奇心」
 玲のおかげで、昼食をともにしようと近づきかけていた根岸麻人(ねぎしあさと)が、すうっと離れていった。もちろん、そんな些事を気にかけていちいち胸を痛める玲ではない。
「外で食べようぜ。いい天気だからな」
 さっさと背を向ける。こちらの意見など聞こうともしない。気随もいいところだ。だいたい、玲を悠里と一緒にすると、何を暴露されるものやらわからないではないか。
「遅いな。来ないのか。置いていくぞ」
「ちょっと待ってよ」
 しかし最終的には、知世は玲を追いかけるのだった。悠里があとにしたがう。
「ぐずぐずしているから、中庭のベンチがふさがったじゃないか。裏庭にするか」
 玲の口ぶりは非難がましい。知世はこっそり口をとんがらせ、悠里がくすっと失笑した。
 三人は、ひとけのない裏庭の芝生に腰をおろして、昼食をひろげた。裏といっても日当たりがよく、風がさわやかで心地よかった。瞳の色が薄い知世にとって、初夏の日ざしはまぶしい。おでこに手をかざしてひさしを作った。
「田浦君に妙なことを吹きこむつもりじゃないだろうね」
 知世は先手必勝とばかりに、玲に釘をさした。玲はすっとぼけて切りかえした。
「吹きこまれて困るようなことがあるのか」
「わあ、何ですか? 気になるなあ」
 悠里はにわかに勢いこんだ。顔をかがやかせ、ひざを乗り出して食いついてくる。知世は墓穴を掘ったことを悟った。伯母の手づくり弁当をひらき、「わあい、うさぎさんりんごが入ってる」とかつぶやいて、矛先をそらそうとする。
「おふたりは、つきあって長いんですか?」
「入学したばかりのころからだから、まる二年だね」
 玲は購買部で買ったメロンパンを食べている。その名も明快、「デカメロン」。ボッカチオの短編小説集にひっかけたのかは不明だが、確かに巨大だ。
 わざわざ、オーブントースターで、表面に狐色の焦げめをつけてもらっているらしい。そこまで小うるさく注文する生徒など、玲のほかにはとうていいるまい。
 しかし昼食が菓子パンオンリーなんて、どういう味覚と食生活だ。
「ずいぶん、ねんごろの間柄に見えますが」
「ねんごろ? 誰が」
 知世は抗議した。食べかけのおかずが、知世の箸から落下する。すかさず玲がひったくり、ぱくっと口に放りこんだ。
「ああっ。おれの卵焼き、返せよ」
「わかった。ほれ」
 玲が卵焼きを唇から出した。くわえたまま、知世の顔に近づける。
「うわあああ。いらんいらん」
 絶叫し、勢いあまってえびぞりになる知世に、玲はなおも迫った。
「返せと言ったろ。男子に二言はないぞ」
「ええいどけい、不埒者。そこに直れっ! ね、田浦君。これのどこが仲いいのさ」
 話をふると、悠里はゆでだこみたいに真っ赤になって、おむすびを取り落としていた。
「いつもしているんですか? そんな新婚夫婦みたいなこと」
「しっ、しんこんふーふ?!」
 知世の口から、たまぎるような悲鳴がほとばしる。
「なんだか居たたまれないというか、居ても立ってもいられないというか。ああもう、あっついあっつい」
 悠里は汗をぬぐうふりをして、手でぱたぱた顔に風を送った。
「今のは、まごうかたなき立派ないやがらせじゃないか。第一、おれは男だってば。ほらあ、誤解されただろうが。お前のせいだぞ」
「取材中だからこそ、ふだん通りにふるまうべきだと思うが」
 そうだ、今は取材中だったのだ。
 ああああ。どうしよう。こんなことが校内新聞にのったら。学校中のひとが見る。生徒も先生も。伯母さんも見るかも知れない。みんなに後ろ指さされるんだ。みんながおれを笑うんだ。よりにもよって、玲なんかとだなんて。ああ、もうおしまいだあ。
「おーい。もしもし。先輩?」
 遠くのほうで、悠里の声が聞こえる。
「完全にいっちゃってるな」
 玲の沈着な声もおぼろだ。
「からかいの度がすぎたか。やわなやつだ」
「せんぱーい、気をたしかに。もどってきてくださあい」

 数日後、桜花高校の校内新聞「さくらジャーナル」最新号が生徒たちに配布された。
 最大の耳目を集めたのは、森川知世の取材記事だった。
「そんなわけで。またよろしくお願いしますね」
 いともにこやかな悠里を前に、知世はことさら渋面をつくり、沈黙を貫いていた。
「そんな顔しちゃだめ。似合わないですよ、先輩」
 ためいきをついて、知世は新聞記事に眼を落とす。
 内容としては、あたりさわりのないものだった。つまりそれは、知世を少しでも知る人間なら周知の事実しか書かれていないということで。
 記事はこう結ばれていた。
「まだまだ謎を多く残している森川知世氏。彼のひととなりに迫るには、紙面が足りなすぎるため、我が新聞部はこれからも彼を追うことにした。毎号、彼の素顔をお届けする。乞うご期待」
 要するに、みんなの関心をひくために知世を利用するわけだ。玲などははりきって、知世の醜態をあばこうと活躍するに違いない……。

20040621
PREV

↑ PAGE TOP