ふるふる図書館


第二部

第七話 敵と味方とその同志



「そら見ろ、わたしの言った通りではないか。あの不良と行動をともにすると、ろくなことにならないって」
 朝、桜花高校の校舎の昇降口で会うなり、生徒会長は勝ち誇って言った。やたらとぐいぐい距離をつめてくるので、森川知世は反射的に後ずさり、下駄箱に後頭部をしたたか打ちつけてしまった。
 先日暴漢に鞄をぶつけられてたんこぶになっていた箇所だから、たまらない。
「いたたた」
 涙ぐみつつ、自分の下駄箱の扉を開けた。
「ありゃ」
 うわばきの上に、封筒がちょこんと乗っている。何のへんてつもない茶封筒。ラブレターだとしたら、色気もへちまもない。その場で、封筒から紙を取り出して、ひらいてみた。
「何、これ」
 知世はぞっとした。
「どれどれ」
 いつからそこにいたのか、春日玲が知世の手から紙をつまみあげた。
「ワープロの普及しているご時世に即した脅迫状だな」
 無機質な文字が無愛想に並んだ、あたたかみに欠ける手紙である。しかも内容は。
「演劇同好会を解散せよ、だと。たちの悪いいたずらか」
 わきからのぞきこんで眉をひそめた生徒会長に、知世は視線を投げた。
「生徒会長も、同好会を解散させたがっているよねえ」
「その疑惑と猜疑にみちた眼は何だ、森川知世。濡れ衣だ。わたしはそんな卑怯で卑劣な手段に訴えることはしないぞ。正々堂々とじゃましてやるのだ!」
 昂然と胸を張る。およそいばれることではないと思うが。
「生徒会長でないとすると、誰のしわざなんだろう。おれ、恨みを買ってるのかな」
「それはそうだろう。それだけ学業が優秀なら」
「だったら、おれが同好会にかまけているほうがいいんじゃないのかな。蹴落とすチャンスだろうに」
 ふたりのやりとりを黙って聞いていた玲が、口をひらいた。
「これは、おれが預かっておくぞ」
「うん。そうしてくれる? たのむよ」
 知世は心の底からほっとした。脅迫状など、触るのもいやだったのだ。得体の知れない毒素のようなものがしみこんでいそうで。自分がこれほどまでに誰かに憎まれているという事実が、知世を真っ黒な鉛に似た重苦しさで包みこむ。
 その肩を玲が叩いた。
「このことは、誰かに言うな。ことを荒立てるのは得策じゃない。
 あまり気に病むな。敵をよろこばせるだけだ」
 主導権も慰め役もあっという間に玲に奪われた生徒会長は、ちょっとむくれてひとり歩き去った。
「まさか、瑞樹君にも」
 知世が声を低めてつぶやくと、玲が応じた。
「めずらしく勘がきくな。おれも同じことを考えていた」

 昼休み。
 校舎の最上階から屋上に向かう階段の踊り場に、知世と玲はいた。ひんやりとした薄暗い空間を、明り取りの窓からさす光が線になってななめに横切っている。誰も来ないので、話を他者に聞かれる心配のない場所だ。
「瑞樹君にたしかめてきた。思った通りだったよ」
 階段に並んで腰かけた知世は、飛鳥瑞樹から預かってきた手紙を玲に手渡した。
 知世の下駄箱に入れられていたものと酷似していた。
「ただのいたずらだと思って、瑞樹君はおれたちに言わなかったんだ。余計な心配をかけないように。おれが恨まれているだけかと思ったのに、瑞樹君にも迷惑をかけていたなんて」
 知世は、顔を上げて玲を見た。
「この前、玲が襲撃されたのも、そのせいなんだね。おれのはじめたことで、みんなにいやな思いをさせてるのか。いったい誰がこんなことを」
 かぶりを振って唇をかむ知世に、玲はたずねた。
「怖くないのか。お前がいちばん危険なめにあうおそれがあるんだぞ」
「ああ、そう言えばそうか。でも実際にそうなるかまだわからないじゃないか。それよりも、お前がけがをしたり瑞樹君に負担をかけたりしているほうが重要だよ」
 知世は、玲の頬にはられたガーゼに指で触れた。
「まだ、痛むのか。傷跡が残らないといいけど」
「お前って弱いのか強いのか、よくわからないな。変なやつ」
 玲のあきれ声。変人に変人と言われてしまった。
「要求をのむべきかな。もう何も起こってほしくないよ」
「お前が気にすることじゃない。今日の放課後、家に飛鳥と滝沢を呼んでおいてくれないか。話がある」

 放課後。
 七瀬邸を訪れた玲は、知世の伯母の七瀬玖理子に、退学から救ってくれた礼を丁寧に述べた。
 おととい川原で見せた、大胆不敵で好戦的な顔つきとは別人だ、と知世は思う。はなやかで優雅で品のある貴公子。おとなしく黙っていればそう見えるので、本性を現したときのつら憎さは半端でない。
「お礼なんてとんでもないわ。こちらこそ感謝していますわ。知世を守ってくれたそうで。傷はもういいの?」
 会話を終え、玲は知世の部屋へ入ってきた。すでに、瑞樹と滝沢季耶も顔を揃えている。
「今日、呼び立てしたのは、ほかでもない。演劇同好会に対して害意を持つ者がいるという話だ。飛鳥と森川に脅迫状が届いたのも、森川とおれが川原で襲撃を受けたのも、同好会の活動を妨害しようとたくらんでいる人物がしくんだことだ。ここまでは、滝沢も聞いただろう?」
 季耶はうなずいた。
「ええ、森川先輩から」
 玲はつづけた。
「飛鳥に脅迫状を出したのは、役者がいなくなれば発表会どころでなくなるからだ。おれを襲ったのは、確たる証拠はないが、おれを退学にするのが狙いだ。だが、それはまぬがれたので、森川にも揺さぶりをかけてきたんだ」
「どうして、そこまでして同好会をつぶそうとするのさ。誰が、何のために」
 知世の問いかけに答える前に、玲は紅茶をひとくち飲んだ。
「おれは前に、既存の演劇部を廃止に追いこんだ。それを恨んでいる人間がいる。
 今まで何もなかったのは、森川がたったひとりで演劇同好会を自称していただけだった、というのもあるが、おれの存在を知らなかったせいもある。敵は、おれのことを見聞きしてしまったらしい。桜花高校の演劇同好会にかかわっている、と」
 思いもかけない告白にぽかんとしている三人に、玲は淡々と話しつづけた。
「だから、お前たちが今こうむっている被害は、おれが元凶だ。敵との交渉は、今からおれひとりでやる。相手は権力も財力もある人間だ。おれが戻るまで、くれぐれも身の安全をはかるように」

20040621
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