ふるふる図書館


おまけ

Bitter Sweet Sixteen



 彼はずっと、悩み続けていた。
 無為に経過すること二週間。
 残された時間は、あと二週間しかない。
 一日目は、こっそり自宅の机の引き出しにしまいこみ、勉強の合間に取り出しては眺め、また収納することの繰り返しだった。
 むろん気もそぞろで、宿題などまるで手につきやしない。
 そうだ、これはやつの作戦なのに違いない。こうして、こちらの心をかき乱し、惑わせておいて、自分は首席の座をキープしようとする、卑怯で卑劣きわまる手段だ。
 とんだ食わせ者である。断じてその手に乗るものか。
 二日目は、思い切って包みを解いた。慎重に、そっとそっと。
 薄紙の中から姿を現したのは、甘い香りをただよわせる、数個の黒い物体。
 ハート型だ。
 動揺し、椅子を倒して立ち上がり、机に覆いかぶさるようにしてまじまじ凝視することおよそ十分。
 は、はははハート型?
 これには何の含みがあるというのだ?
 おのれきゃつめ。まんまと翻弄しおって。食べられるわけなかろう。こんなもの。こんなもの。どうして食べられるというのだ!
 元通りに、包装紙とリボンで巻いて、そのまま引き出しへ。
 こうして、うだうだとチョコレートを見つめてため息をついたりかたづけたりを繰り返しているうちに、はたと気づいた。
 お返しは、どうするのだ。
 何しろ、バレンタインデーにチョコレートをもらったのははじめてと言ってよいのだ(母親は数に入らない)。
 中学生の弟は、毎年かなりの収穫を上げてくる(異様なまでに彼ら兄弟を可愛がる義父に、すぐさま没収されるのが落ちだが)。
 だからといって、弟に相談する気はさらさら起きない。
 弟だって経験がないに違いない。同級生の、同性にチョコレートをもらうなど。
 こんなに悶々とさせるなんて、これはきゃつ一流の嫌がらせなのだ、そうに決まっている!
 可愛い顔してなんと性悪なのだろうか。とことん足をひっぱりおってからに。
 そう、あの日は平穏無事に終わるはずだった。男子校に入学した以上、そんな浮ついたイベントとは無関係だと思っていたのだ。
 いやいや、このプレゼントにこめられた意味なんてないのだ。ないはずだ。なぜなら、やつは全員に配っていたのだから。手作りのチョコレートを。
「男子校だからさ、こういうことがあってもいいんじゃないかなって思ってさ」
 クラスメイトに礼を言われて、照れたようにやつは笑っていた。
 きさま、それで善行をほどこしたつもりか。誰にでも優しくする八方美人の振る舞いが、誰かを傷つけることなど、想像だにできないのだろうが。
 傷つく? 誰が?
「何だよ、委員長。そんな険しい顔して睨みつけて。校則違反か、これは?」
 やつは、びっくりしてこちらを見た。
「睨みつけてなど!」
「あからさまに怒ってるじゃないか。きわやかに目くじら立ってたよ。あーあ。ほら、せっかく委員長の分も作ってきたのに、一応」
 どういう反応をすればよいのだ。この場でくださいなどとは、口が裂けても言えない。この小悪魔め。
 彼は人知れず煩悶し、苦悩した。
「いらないのか、委員長。だったらそれ、おれにくれよ。余るんだろ」
 別の同級生がすかさず手を出す。
 な、なんだと。一世一代の大ピンチ! このまま手をこまぬいてかっさらわれてしまうのか?
 やきもきしていると、やつは、ふにゃっと笑った。
「ひとり一個ずつじゃないと。不公平だろ。ねえ委員長? だから委員長のも持ってきたんだよ。とりあえずもらっといて、迷惑だろうけどさ。返さないでよ、困るから。もう味見しすぎて飽きちゃったんだ」
 ああ、残酷な博愛主義者。
 みんなにくまなく平等に愛を配ることのできる天使は、誰かを特別視などしない。
 だからチョコレートは、甘くてほろ苦いのだ……。

20060226, 20060621
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