おまけ
とびだせ! 青春コンプレックス
おれとあいつには、共通点がちっともない。
あいつは、おれにはないものをみんな持っている。
身長も頭脳も、冷静さも大胆さも強引さも、知識も機転も、おとなびた落ち着きも、口と腕力によらずけんかがめっぽう強いところも、裕福そうなところも。
自分とあまりに違いすぎて、劣等感を抱くことさえばからしくなる。
そんなあいつは、ほとんど学校に来ないくせに、いつの間にかおれの近くにいたりする。
わからない。どうして、おれみたいな人間に接してくるのだろう。
すべての校則を律儀に守り、まじめで、先生のおぼえはめでたいが、気の利いた冗談ひとつ思いつかない人間なんか、あいつにとっては、おもしろいはずないだろうに。
いや、やっぱりおもしろがられているに違いない。おれをおどろかせたり困らせたりして、反応を見て楽しんでいるのだ。
放課後、教室までおれを迎えに来るのも、家族以外に呼ばれたくない下の名前でいきなりおれのことを呼んだりするのも、みんなそう、いやがらせ。
おれはいちいちむきになったり、おびえたり、赤くなったり、びっくりしたり、泣きたくなったりするのに、あの冷ややかなポーカーフェイスをあいつは崩さず、さらに身の置きどころをなくすように仕向けるのだ。
同級生も、なぜおれとあいつが行動をともにしているのか不審に思っている。
おれだって不審だ。学区内でも悪名高い不良高校生から、どうやって逃げればいいんだ。どうやって自由になればいいんだ。
自分のことを誰も知らない高校に入学すれば、中学卒業まで受けていたいじめから解放されるはずだったのに。とことんおれはいじめられっ子気質なのか。
その日も、帰りのホームルームがひけてから、おれは暗澹とした気分で鞄を抱えて教室を出た。
果たしてそこにはあいつがいた。いつもと様子が違う。なぜだか廊下に座りこんでいた。
たしかに、行儀悪くだらしない格好をしていても、妙にさまになる垢抜けた雰囲気はある。が、おれに気づいたふうもないままでいるのは珍しい。
このまま置いてけぼりにして帰ろうかと思ったが、報復が怖い。だいたい、こんなところにいられたら、そうじのじゃまだ。
周囲の好奇の視線をがまんして、あいつに歩み寄った。ようやく上げられたあいつの顔は、妙に赤かった。眼もうるんでいるようだ。鬼の霍乱、ということばが浮かんだが、もちろん口に出せるほど命を粗末にしているわけではない。
「熱があるのか?」
「熱がまったくなければ死人だ」
相変わらず可愛げのない口ぶりは、しかしいつもより覇気がない。
「別に待ってなくていいのに」
「本を貸すって言っただろ」
立ち上がったあいつは、少々足元がふらついた。気づけば、「仕方ないな、送ってくよ」という台詞がおれの口から出ていた。ああ、おれってやっぱりばか。お人よしすぎる。
「いい。ひとりで帰れる」
「病人はおとなしく言うこと聞きなさい」
またしてもおれはよけいなことを言ってしまった。
わかった、おれはこいつの優位に立ちたかったんだ。弱ってるところを見たかったんだ。そうに決まってる。心配とか親切心なんて、これっぽっちもないんだからなっ。
あいつに付き添って電車に乗った。混雑している車両を避けたので、ふたり並んで座れた。
連結部分の壁に力なくもたれかかったままのあいつが、浅い呼吸のもとで、熱にうかされたうわごとのようなつぶやきをもらす。
「お前って、人の弱みにつけこむのが得意だよな」
何だよそれ。
「そうやって、するっともぐりこむんだ。弱ってる人間の懐に。無意識に」
やつには不似合いの台詞だ。そんなに具合が悪いのかと、おれは思わずあいつの額に手を当てた。焼けるほど熱かった。あいつはぐったりとまぶたを閉じたまま動かない。
「そんなにつらいなら、本なんかいつでもよかったのにさ」
「今日って、約束、しただろ」
電車の揺れる音で、ささやくような低いかすれ声は聞き取りづらい。耳を寄せた。苦しげな、ほとんどせつなくさえ聞こえる声音が、熱い吐息と一緒におれの肌をくすぐった。
「約束は、やぶらない。お前を、傷つけないって、決めてるから。ずっと……ずっと前から」
おれの耳はどうかしているのか。それともあいつがどうかしているのか。
よくよく思い起こせば、入学して間もなく出会ってから今まで、こいつの存在に迷惑はしていたものの、傷つけられたことはなかった。一度たりとも。
おれは相手をまじまじと見つめた。こいつが目をつぶっているのをいいことに、つぶさに。早い話が見とれていたのだ。うかつにも。
こんなにきれいな横顔をしていたのか、こいつは。
理由は知らないが、気にかけているんだ。これほど優雅で華麗で、容姿端麗で頭脳明晰で冷静沈着な人間が、小心者で臆病者のおれなんかのことを。そう思ったら、胸の底が、むずむずするようなこそばゆいようなしびれるようなうずくような感覚を訴えてきた。少しだけ、動悸が速まる。
おれに近づくのは、本当にいじめとか意地悪とかいやがらせなの? 今そうたずねたら、どんな答えが返ってくるだろう。もしも、もしも否定されたら。どうすればいい?
否定してほしい。でも否定してほしくない。
結局、問うことはできなかった。ここでいい、とどうしてもあいつが譲らなかったので、家までついていくことなく駅で別れた。
数日後。
体調が戻ったあいつは、以前とまったく変わらない横柄で小憎たらしい態度でおれに近づいてくる。あの日おれに何を言ったのか、おぼえていないんだろう。
おぼえていてほしかった。でもおぼえていてほしくなかった。
おれはと言えば、あいつの姿が視界に入るたび、さもさもいやそうに目一杯口をひん曲げ、精一杯眉をしかめる。それは、唇がついほころびるのを隠すため。目許がついゆるむのをごまかすため。
どうしてあいつがそばにいるかまったく気づかない鈍感なやつ、と呆れられるほうがずっといい。本心を悟られるよりは。
こんなことを続けていたら、あいつは離れていってしまうだろうか。
おれの気持ち、察してほしい。でも察してほしくない……。