ふるふる図書館


おまけ

友情片道切符



 きさまの友達を預かった。返して欲しくば、今日の夕方、ひとりで橋げたの下に来い。
 のたくったみみずに例えるのも申し訳なくなる下手くそな字で、紙にはそう書かれていた。果たし状というもおこがましい卑怯くささ。
 いずれにせよ、人に助勢を頼むようなまねなど、したことがないしするつもりもない。
 いつだって、ひとりだった。仲間も友達も、いたためしなどない。
 では、この預けられている友達とは、いったい誰か。
 あいつだろうな。
 おれのそばにいることが多いから、まちがわれたのに違いない。
 いや、あいつのそばにいるのは、おれのほうか。
 あいつはいつも迷惑そうにしていた。いやがるのも露骨なら、それを隠そうとするのもあからさまだった。まったくもって、わかりやすい。
 こんな事態になって、またぞろあいつはこのおれを避けるだろう。お前のせいで、こんなめにあったとか主張して。
 まあ、どうでもいいことだ。今となっては。
 指定された時刻にぶらぶら出向いてみれば、他校の「いかにも」な生徒連中に仰々しく出迎えられた。
 ちょこなんと捕まっているあいつの姿も見えた。がたいのでかい男子生徒ふたりに両腕をおさえられて、逃走を封じられている。
 小柄なので、ともすれば視野から埋もれがちだが、やはりあいつのいる場所だけは、ひときわ異彩を放っていた。
「ほれ、王子さまが助けにお出ましだぞ、お姫さま。危険もかえりみずにな」
 ボスらしき男が捕虜に言う。
 やれやれ、何やってんだか。そろいもそろった暇人どもが。小人閑居してってやつだ。
「おれたち悪役の雑魚どもですって、余すところなく全身全霊で表現してるな、お前ら。つまり、あっという間におれに畳まれちまうってことだ。わざわざそんなシチュエーションを用意するとは、酔狂なこった。それとも、自虐趣味でもあるのか。
 それと。リサーチが不行き届きのようだから親切に訂正してやるが。そいつは、おれの友達なんかじゃない」
 可憐なはずの、とらわれの身のお姫さまが眉をつり上げて勇ましく叫んだ。
「お前だって、おれの友達なんかじゃない!」
 その声はやけによくとおり、まっすぐに胸にとどいた。
 そうだ。友達なんかいやしない。生まれたときから今までずっと。
 誰からも祝福されずに生まれ、誰からも見捨てられ、誰からも必要とされない子供。
 雑魚ボスはにたにたと下卑た笑いをした。
「そうかそうか、友達じゃないのか。じゃあ、きさまの目の前で、こいつに何をしてもいいんだな?」
 お姫さまがびくりと身じろいだのがわかった。幾分、血の気がひいている。
「嘘だと思うなら、ためしてみるんだな」
 答えながら、一歩踏み出す。ボスはお姫さまをひきずり出して、前に立たせた。
「下手に近寄ると、こいつが痛い目みるぞ? いいのか?」
 まったくやれやれである。
「このおれがわざわざ教えてやったことを、頭が悪くて聞いていられないか、頭が悪くて理解できないか、頭が悪くておぼえていられないか、頭が悪くて信用できないか、どれなんだ? 四択だ、選べ」
「どれを選んでも頭が悪いのか」
 お姫さまの感想は、ボスの耳には入らなかったらしい。つくづく便利な耳である。
「どうした? そいつに手出ししないのは、遠慮してるのか?」
 ボスに問いかけつつ近づいたおれを、お姫さまが睨みつけた。
「この薄情者!」
「ああ? ほんといつもわけわからんこと言うな、お前は」
 応じざま、いとも無造作に蹴りを入れた。とっさにぎゅっと目をつぶったお姫さまの体に、かすりもせずにボスの脇腹にクリーンヒット。
 うめいて、体勢をくずしたところを難なくのしてしまった。
「おい、逃げるのはいいけど、こいつ連れていけよ」
 わらわら逃亡をはかる雑魚どもに、ボスを押しつけ、一件落着。腹ごなしにもなりゃしない。
 あとには、お姫さまとおれが残された。
「ちょっとっ。目の前におれがいるのに、あんな派手に大立ち回りするなよっ。こっちまでけがするところだったじゃないか」
「そんなどじを踏むはずなかろう。全部完璧によけたぞ。最小でも三ミリ差だ」
 目の前の顔が、急に泣き出しそうにくしゃくしゃになった。緊張がゆるんで体中から力が抜けたようで、おれの両腕をすがるようにつかんだ。背中も脚も、小刻みにふるえている。気丈にふるまってはいても、どうやら怖かったらしい。
「何だよ、何だよそんな平然として、余裕たっぷりでっ。ちきしょう、友達じゃねえよ、お前なんて、一生!」
「さっきから何度もそう言ってるだろうが。友達『なんか』じゃないって。そんなんじゃないに決まってる」
「じゃあ何だよ」
「さあな。知らん。友達よりも大事なものを、どういうのかわからんからな」
「はあ?」
「まあいい、仮にそれを『栗きんとん』と呼ぼう。
 つまりお前は栗きんとんだから、友達じゃない。お前は栗きんとんだから、お前を害する不逞な輩は容赦しない。お前は栗きんとんだから、おれが守る。ということだ」
「はあ? ぜんっぜんわかんないんですけど」
「そんなわけで、おれは前よりは学校に通うぞ。お前の近くにいるために」
「だから。おれがまたとばっちり受けちゃうじゃないか、今日みたいにさ」
「だから。おれがついていてやるって言ってるんだこのわからんちん」
「だから。逆効果だってば」
「だから。お前がどんなに拒否しても無駄だぞ、栗きんとんの分際で」
「だから。何なのさその栗きんとんって!」
「だから。わからないから栗きんとんなんだっての」

20060115, 20060621
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