ふるふる図書館


第五章



 二日後の日曜日。
 わたしは郊外の遊園地に出かけた。
 メグミに誘われたことだった。メグミと彼氏と、メグミの女友達と、彼氏の男友達とで遊びに行くという計画に、頭数をそろえるという名目で、わたしも参加をたのまれていたためだ。
 総勢八人。乗り物に乗るには、四対四がいいということなのだろう。女性側は大学二年生、男性側は四年生。メグミもその彼氏も、学校が違うために互いの友人と面識をもつのははじめてだという。
 もっとも、わたしにとってはメグミ以外の女性たちも、ただの顔見知りという範疇を出ないていどの仲だった。
 そんなことはどうだっていい。せいぜい自分の役割をわきまえて、盛り上げ役に徹しよう。メグミの期待通りに。
 ジーンズにダッフルコート、スニーカーに帽子という身なりで待ち合わせ場所の駅にのぞんだら、さっそくメグミに話のたねにされた。
「いつもこんな服装ばかりなの。髪が短かったころは、よく男の子にまちがわれていたよね」
 メグミは初対面の人間、特に異性とはものおじせずに会話できるたちではない。
 わたしは回想する。中学生のときは、片想いしていた男子とわたしがふつうにしゃべるので、メグミの嫉妬はもっぱらわたしに向けられた。
 その男子というのが、顔よし成績よし、もてるタイプの典型、高嶺の花だったものだから、わたしに向けられるやきもちたるや、まさに熾烈をきわめた。
 彼にとってみれば、気軽に話せる同級生の異性が数少なかっただけなのではないかと思うのだけど。
 わたしの学業がそれなりによかったせいで、彼にかってに対抗意識を燃やされていただけなのに。
「きみはライバルなんだから、ぼくのためにもがんばってよ」
「おかしなこと言うな。勉強は、自分のためにするものだろ」
「ねえ、テスト何点だった?」
「どうしてあんたに教えなきゃならないの」
 万事こんなふうな会話だった。やましいところはひとつもない、ちょっかいをかけてくるのは向こうだったのだ。わたしの髪をぐしゃぐしゃにしたり、無断でわたしの消しゴムを使ったり。
 あのときは、メグミ以外の女子にも、ひどい反感を買った。彼と話をしないことがベストな解決法だろうけど、まわりの圧力に屈するのも口惜しい。なぜ友達づきあいまで制限されなくてはならないのか? 誰と仲よくするかなんて、自分で決めるものであるはずだ。
 などと思っていたら、みごとにされてしまった、無視や仲間はずれの的に。こういうとき、敵意は異性でなく同性に向くのだとわたしは知った。
 あのころのことは、記憶にとどめたくないことばかりだ。
 神さま、わたしが男の子だったらよかったのに。人の恋愛に巻きこまれるのは、もうこりごりです。
 わたしと同じ高校に通い、メグミは、またしても同級生の男子に片思いした。彼が放課後に部活動を終えて校舎を出るのをひと目見たいという理由で、数時間待っていた。その間わたしを延々とつきあわせた。目当ての彼に話しかける折にはいつもわたしを連れて行った。
 中学時代みたいに、過剰な警戒をされるよりはましだけど、メグミは、わたしをうまく利用するすべをおぼえたと見える。仲介役の道化に仕立てるという方法だ。
 そんな内気でひっこみ思案なメグミに、今日も場をもたせるためのだしにされるのは充分予想していたので、わたしは調子を合わせた。
「スカートなんて、動きづらいじゃない。アクセサリだってじゃまだし。ハイヒールなんて足が痛くて、立っていられないし。あんな靴を長時間履ける人は、賞賛と驚異に値するよ」
「もう二十歳になるんでしょ。化粧くらいすれば?」
「体になにかを塗りたくるなんて、気持ち悪いもの。化粧もマニキュアも。化粧していたら、気兼ねなく飲み食いできないよ。マニキュアだって手作業したらすぐとれちゃうよ」
「ね、男の子みたいでしょ」
 メグミがやけにうれしげに、周囲に同意を求めた。今ではファッションにめざめ、高価なバッグや化粧品を当然の顔をしてもっているが、大学に入る前のメグミは、いかにも垢抜けない田舎の子、といった雰囲気だった。
 本人は、もちろん忘れてるんだろう。もちろん、その件について思い出させてあげることもないから、わたしはメグミのアシストにまわり、調子を合わせた。
「こんなに髪を長くするのもうっとうしいんだけど。もうすぐ成人式だから、それまでにのばしておかないといけなくてね」
「あなたでも振袖なんて着るのねえ。意外」
 わたしだって意外だ。でも夭折した兄の成人する姿は、決して両親は見ることができないのだ。きっとどんなにか楽しみにしていたことだろうに。だからせめてわたしだけでも。
「振袖って、もともと少年の衣装なんだよ、知らなかった?」
 男と変わらないかっこうをしていても、女というくくりからのがれることができないことにまったくうんざりしてしまい、わたしは少しだけ意地悪く言い返してやった。
 女であることを意識させないためには、美意識にそぐわない行動をとることが効果てきめんなのだが、いかがわしい話に加わることをつつしみ、ひざをそろえて座り、がさつでぞんざいで乱暴な言葉づかいを避けるわたしには至難のわざだ。
 厄介なことに、わたしには一応「美意識」がある。
「女の子」にふりかかるさまざまなことに立ち向かい、それらを防御し、利用するすべをまだ身につけていない。それなら、「一風変わった女の子」という鎧で武装しておいたほうがずっといい。
 もっとも、そんなことをしなくても、四人の男子学生は、わたし以外の三人だけを女の子らしいと認識したようすだった。
 次はどこへ行こうか、とか、なにか食べる、などと男の子に問いかけられても、いつまでももじもじとまわりをうかがって即答しない女の子は、不本意ながらも代表するかたちで意見を述べるわたしよりも、段違いに男の注意をひく。おとなしくて奥ゆかしい、そんな彼女たちは、恋人を手に入れることもたやすいという図式だ。
 こういう集まりで連絡先を交換したのち、実際に連絡を取り合うのはわたしを除く男女だけなのだ。
 わたしはひたすら道化に徹し、役割をまっとうした。会話のつぎほを探し、盛り上げ、笑わせ、多少毒舌を吐き、でしゃばりだと恨まれないよう細心の注意を払いながら場をしきった。
 一日は、こんなふうにすぎた。くたくたになって家路をたどった。虚脱感をかかえて。
 それでも、まだるっこしい男女の会話に加わるより、裏方や雑用にまわったほうが、よほどましだと思う。誰にも感謝されなくても。

20060108
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP