ふるふる図書館


第二十五章 打ち明け話と秘密




photo:mizutama

 高校時代の同級生、Hからメールがあった。会わないかという誘いだった。
 慶にしてはめずらしく、ずいぶんと古くからつきあっている人物だ。
 彼の恋愛遍歴もかなり把握していた。交際相手は、みんなどことなく似ていた。
 童顔で、まじめそうで、色白で、小柄で、線が細くてたよりなげで、ちょっとおっとりしているように見えて、芯が強いという共通点が律儀にふまえられている。わかりやすい。
 それが、自分にも当てはまるのだとは、慶はなるべく考えないようにしていた。
 ふたりで歩いていると、手をつないできたりするのを、慶はいつも知らんぷりして無視を決めこんだ。耳もとや髪に唇がかすめても、そっぽを向いていた。
 なんでもないふり。気にしていないふり。
 やめろと言っても、どうせやめてくれないから。
 手をふりほどいても、ちっとも懲りる風情を見せないから。
 眼中にない、とか平然としている、というさまを装うのが、せめてもの精一杯の抵抗であり、抗議だった。
 何か口に出せば意識していると思われそうで、それは絶対にごめんだった。弱みを見せたくないという、意地みたいなものだった。
 会えばひとりでかってに疲れていたから、顔を合わせるのは正直気が重い。でも断る理由も考えつかない。
 一緒に飲みに行ったのは、例のSの「しばらく考えさせて」の最中だった。
「今、誰かとつきあってる?」
 問われて慶は少々考えこんだ。あの状態では、とてもそうはいえない。でも、もしかしたら自分はSが好きなのかもしれない。気になってしかたないし、そばにいるとうれしくて楽しい。会話が尽きない。会っていないときは、彼のことをよく考えていたりもする。そんなようなことを、ぽつぽつと語った。
「そうか。よかったじゃないか」
「でも、たぶんそろそろ終わりだと思うよ。彼は絶対に離れていくよ。わかるんだ、無理してるって」
 例の「考えさせて」の答えも、もうかれこれ一か月以上聞かせてもらえていなかった。
「なんでそう言い切るの?」
「こんな人間誰もえらばないって、ふつうは。恋人になる資格ない」
「なんで?」
「話せない」
「それがわからなかったら、なんともアドバイスしようがないよ?」
 慶は黙った。精神的な不安定さが、ふだん喋らないようなことまで口に出させてしまったが、これ以上、自分の秘密などを告白させるほどではなかった。
「だいじょうぶだよ、どんな話をされても、慶を見る目が変わったりしないから」
 Hはそう言った。親身になっているのがわかるが、だからこそ、慶は話したくなかった。
 長いつきあいだからこそ、なおさら。今さら、そんな自分をさらけ出したくなかった。
 彼は、たばこの煙を吐き出した。
「じゃあね、僕の秘密を慶に教えるよ。これは、僕の身内でも知らないことなんだけど」
「えっ。そんな大事なことを打ち明けられても困る。赤の他人なのに」
「いいよ。僕が慶に話したいと思ったんだから。僕の話を聞いて、慶が自分の秘密を打ち明けるかどうかはまた別のことだから、それは慶が決めてくれていい」
 どうしてそんなに信用するんだ、どうしてやさしいふりして追いつめるんだ。慶は泣きたい気持ちで思った。

20051126, 20080501
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