第四章 久しぶりのスーパー
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昼すぎになり、母にたのまれた買いものをするため、近所のスーパーまで出かけることにした。そういえば、いつもは、商品の値段が高くても近くのコンビニエンスストアで買い物をすませてしまう。たとえ十五分足をのばした場所にスーパーがあっても出かけない。散歩する気にもなれない。騒音とひとごみの中を歩くなんてちっとも気乗りしないのだから。
それにしても改めて、自分の暮らしぶりの不健全さに気づく。時間に追い立てられて、支配されて。人とのかかわりを避けてひきこもって、逃げこんで。ゆったりとした呼吸さえもままならなくて。
ダッフルコートをはおり、長いマフラーを幾重にも首に巻きつけて家を出た。
車が必需品の田舎では、歩いている人間といえばお年寄りか、近所の学校に通う小中学生くらいなものだ。免許がない大人でも、自転車に乗る。歩いて五分の場所に行くのでも、何かしら乗り物を使う。
自分のような年恰好の者がうろうろしているのは目立つこともわかっていたが、せっかくだから足を使うことにした。
実家の周辺を通れば、近所の人に見られてやっかいだという気がしなくもなかった。
「あら、帰ってきたの?」
なんて話しかけられ、
「仕事は何をしてるの?」
などと詮索されるのは断じて避けたかった。
もし、都内のマンションを出て実家に戻ることになったら、
「いつまでも結婚しないでふらふらしてるのね」
おばさん連中のうわさの種になるにちがいない。
もちろん、この町で一人暮らしをするメリットなど何もないし、そもそも一人暮らしするためのアパートやマンションなど皆無に等しい。
だからやはり、自分はここの住人にはなれないのだ。
再認識しているうち、誰にも会わず目的地に到着した。
スーパーは、慶がここに引っ越してきたときからある個人経営の店だが、しばらく見ないうちにずいぶん新しくなっていた。時間が止まったのではないかと錯覚するほどに変化のない町で、慶を不意打ちするにはじゅうぶんだった。
しかし、野菜の安さはまるで同じだった。
都会の物価と違いすぎる。
うわあ、じゃがいももにんじんもなんて安いんだろう。とか。
お菓子もお買い得だなあ。種類も豊富だ。都内のスーパーとかコンビニは、チョコレートとかポテチとか王道はおさえているけど、ローカルなお菓子は置いてないもの。とか。
ひとり興奮し、他愛もなくはしゃぎ、そんな自分をおかしく思いながら買い物をすませ、袋をぶらさげて店を出た。