第三章 ときめく朝
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慶は寝起きが悪いというよりも、まるで起きるという機能が備わっていることを忘れてしまったように、世界を拒絶し内面に閉じこもるように、昏々といつまでも眠りつづける。実家を出て自活を始めたら、改善されるどころかさらにひどくなった。
それなのに翌朝はきちんと起きた。目を開けるやいなや、すぐさま体が跳ね起きた。
これはきっと、母にいつも「起きなさい」とどやされていたからなのだろうと考え、そのころのことを思い出しておかしくなった。さわやかな朝、すがすがしい目覚めなど、人生に存在することがなかった気がする。母に叱られ、一日のはじまりだというのにこの世の終わりみたいな冴えない色の顔をしてのそのそとベッドから這い出て、ますます母を怒らせる。それがさらに慶の仏頂面に拍車をかけるという悪循環が、よくも飽きることなくくりかえされていたと思う。
慶は伸びをして自室を出た。いくら眠っても眠りたりないということがない、ここちよい覚醒は実に久しぶりのことだった。たまに口にするあの白い丸い錠剤だって、こんな朝を連れてはきてくれない。
「おはよう。めずらしいね、ひとりで早起きするなんて」
そう笑って、母が朝食を用意してくれた。
「朝ごはんなんて、最近食べない」
そんな言い訳はききいれてもらえそうにない、しっかりとした献立。きっと、東京に帰るまでに体重が増えるにちがいないとまた微苦笑が慶の唇をかすめた。
「じゃあ、お昼は適当に食べてね。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
父は会社に、母はパートに行き、慶はひとりになった。
いったい、何をして夕方まですごそうか。考えるだけで楽しくなった。なんでもできそうな気がした。
そう、思いだした。子どものときも、自分はなんでもできそうな気がしていたものだった。この家のなかで、たわいもない想像をふくらませては、それをことばにしてつづったものだった。
やりたいことがたくさんあった。たっぷりとあった時間は、それらの実現を裏づけるのだと信じていた。未来への希望で、胸がはちきれそうに満ち足りていた。
そんな子どものころが、慶の中に再現された。昔好きだった本を読もうか、新聞を読もうか。のんびりテレビを見るのもいいし、ラジオを聴くのもいい。それとも、過去の日記やアルバムを見てみようか。悩むことさえうれしくて、胸がはずんで、しかたない。