ふるふる図書館


第七章



 そんなある日のことでした。供の者を連れた隣国の王子さまがひとり、小人の家に迷いこんできました。
 隣国の王子さまはふと山の上にあるガラスの棺に目をとめました。のぞきますと、中には、この世のものとも思えないほど美しい少女が横たわっているではありませんか。
 小人たちに、隣国の王子さまはおりいってたのみこみました。
「どうか、あの棺をゆずってくれないか。そのかわり、お前たちの好きなものはなんでもやろう」
「とんでもない。世界中の財産を積まれても、こればかりはゆずれないよ」
 金で解決しようという態度に、憮然として小人たちは断りました。
「そうだな、これにかわるものなど、あるわけがない。だったら、これをわたしへの贈りものにしてくれないか」
 いきなりあらわれた見ず知らずの人間に、そんなたのみをされても、はいそうですかと渡すわけにはいきません。なにしろ、小人たちみんなが敬愛する白雪王子です。
「わたしは、この子を見ないでは、もう生きていられない。わたしの生きているあいだは、このむすめをずっと宝にして、大切にするから」
 隣国の王子さまは、しつこいです。望みをはねつけられたことのない育ちです。棺をゆすりました。小人たちも、棺を取りかえそうと、負けじと手をかけます。
 はげしい攻防で、白雪王子の体がゆれました。
「ごほんっ」
 白雪王子が咳きこみました。のどから、りんごの大きなかけらが飛び出しました。
「おやまあ。わたしはどこにいるのだ」
「うわあ、生き返った。生き返ったぞ」
 小人たちは腰もくだけんばかりにおどろき、たとえようもないほどよろこび、互いに抱き合いました。
 白雪王子は、棺のふたをかるがると持ち上げて放り投げ、寝ぼけたようにまぶたをこすりました。
「まったく、なにをさわいでおるのだ、お前たち。わたしは不死身だといったのを忘れたか」
「でも、もうずっと長いこと眠ったままだったから。ほんとうに死んでしまったのかと」
 実は、白雪王子のスイッチは、のどのあたりにあるのです。大きなかたまりを口に入れたものだから、スイッチが押されてしまい、活動を停止してしまったのでした。
 隣国の王子さまは、ここぞとばかりに言いつのりました。
「ああ、気がつかれたのですね。わたしが懸命にお助け申し上げた甲斐があったというものです」
 さりげなく恩着せがましいです。
「わたしは、あなたを世界じゅうのなにものよりも可愛く思っています。わたしの父のお城へ一緒にいきましょう。わたしのお嫁さんになってください。婚礼は、立派に、盛大に祝うことにしましょう」
「なんの酔狂だ。ああそうか、体を元にもどすのをすっかり忘れていた」
 白雪王子は、少年の体に戻り、長くなったつややかな黒髪をうるさげに払いました。
「お前は、わたしのことを知らぬし、わたしもお前のことを知らぬ。いきなり結婚など言い出すものではない。無礼であろう」
 男の子になろうが、きめつけられようが、隣国の王子さまはめげません。くじけません。
「いいえ、あなたの清らかな美しさを見ていればわかります。純真で清楚で無垢でしとやかな心が」
 小人たちが、それはどうかねえと視線をこっそり交わしあいます。
「面妖なことを。あきれた若者だ。この国の王と同じだな。お前は、たとえばこの顔が作り物だとしても、同じことを申すのか」
 洗練されたものごしで優雅に立ち上がり、服のほこりを払いました。
「わたしの城に、わたしを送り届けよ。むろん、この者どもも一緒にな」
「狩の途中だったのです。馬しかありませんが」
「ああ、なんでもよい。さあ、者ども、城へゆくぞ」

20050626
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