ふるふる図書館


第六章



 王子さまは、小人たちにこざっぱりとした服を買い与えました。
 ださいかっこうをやめるよう厳命したおかげで、かなりみばえがよくなりました。もともときちんとすればそれなりになるだろうと王子さまは推測していたのです。考えが正しいことがわかって、ご満悦でした。
 むさくるしいのより、こじゃれたなりの男どもがまわりにいたほうが、よいに決まっています。
 小人たちも、めいめい照れくさそうな表情で互いを見ながらも、まんざらではないようすでした。
 おきさきさまは、あれ以来、何度か物売りに身をやつして、王子さまの前にあらわれました。
 それを、王子さまは心待ちにしていました。
 王子さまは妙にするどいので、最初にたちまち正体を見抜いてしまいましたが、もともと決して、おきさきさまがきらいなわけではありません。
 むしろ、その逆でした。窮屈きわまりない王宮で、唯一、気を許してくつろげるひとでありました。
 今回家出したのは、あまりにも子どもあつかいするので、ちょっとすねてみただけなのです。
 そ知らぬ顔をしていますが、こうしてお忍びで会いにきてくれて、売りもののひもで結わえてくれたり、きれいなくしで髪をとかしてくれたりするのが、王子さまもうれしいのでした。
 今度はおきさきさまは、顔を黒くぬって、七つの山を越え、百姓の身なりをしてあらわれました。戸をとんとんとたたきます。
 顔を出した王子さまに、おばあさんのふりをしておきさきさまは言いました。
「お嬢さん、りんごはいらないかね」
 真っ赤でつややかで、きれいなりんごをさしだします。
「うむ、うまそうだな」
「一緒に食べよう。割ってあげるから、半分をお前さんおあがりなさい」
 母子ふたりの水入らずの時間は、唐突にやぶられました。
 電子音が鳴り響いたのです。
 おきさきさまは、ポケットから携帯電話を取り出し、受信したメールを読みました。緊急の公務が入ったようです。残念そうに、いそいで立ち去ってしまいました。
 ほとんど会話もできずに別れてしまい、王子さまはものたりなく、さみしくなりました。
 お行儀悪く、部屋の中を歩き回りながら、りんごをほおばりました。
 ひとかじりしたとき、王子さまは椅子にけつまずきました。そのとたん、りんごのかけらがのどにつまり、呼吸ができなくなって、その場にぱったり倒れてしまいました。

 夕方になって、小人たちは家に帰ってきましたが、どうしたことでしょう。今度も、また王子さまが、床にころがっているではありませんか。
 びっくりして、かけよってみれば、もう唇にかよう息さえありません。かわいそうに死んでしまって、体は冷えきっているのでした。
 小人たちは、王子さまを寝台に寝かせました。なにか毒があるのではとさがしてみたり、ひもをほどいたり、髪の毛をすいたり、水やお酒で体をよく洗ってみたりしましたが、なんの役にもたちませんでした。ふたたび生きかえることはありませんでした。
 気が動転して、救急車やお医者を呼ぶことにまったく考えが至らなかった小人たちですが、実際、ここは遠すぎましたし、連絡手段がありません。おまけに、なぜ王族をここにかくまっていたのか、言い訳できません。それどころか、死に至らしめたとして、打ち首になるかもしれませんでした。
「王子さまのうそつき! 死なないって言ったじゃないか」
 高飛車で高圧的なところもありましたが、気性がまっすぐで、気持ちのよい子どもでした。
 小人たちは、わあわあ泣きました。七人が七人とも、残らずそのまわりに座りこみ、三日三晩仕事も寝食も忘れて泣き暮らしました。
 それから、王子さまを埋葬しようと思いたちましたが、なにしろ王子さまはまだ生きていたそのままで、いきいきと顔色も赤く髪もつやつやとしています。あんまり可愛らしく、きれいなものですから、小人たちはその姿が見られなくなることを惜しみました。
「あのまっ黒い土の中に、うめることなんかできるものか」
 外から中が見られるガラスの棺をつくり、その中に王子さまをねかせ、その上に金文字で白雪王子という名を書き、王さまの王子さまであるということも、書きそえておきました。
 みんなで、棺を山の上にはこびあげました。七人のうちのひとりが、いつでも、そのそばにいて番をすることになりました。鳥やけものたちまでもがやってきて、王子さまのことを悲しみました。
 ふくろうがやってきました。その次にからす、おしまいにははとがやってきて弔いの意を示しました。
 白雪王子は、ずいぶん長い長いあいだ棺の中に横になっていましたが、その体は、すこしもかわらず、まるで眠っているようにしか見えませんでした。まだ雪のように白い肌、血のように赤い頬と唇、黒檀のように黒い髪の毛をしていました。
 もしかしたら、王子さまは生き返るのかもしれません。そんな淡い期待を抱いて、小人たちは忠実に、王子さまの体を守り続けるのでした。

20050626
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