ふるふる図書館


第八章



 隣国の王子さまや、小人たち七人をしたがえて、白雪王子はさっそうと帰還しました。
 度肝を抜かれる家来たちを尻目に、彼らを控えの間に待たせておいて、まっさきにおきさきさまのもとへと参上しました。
 きょとんとするおきさきさまに、にっこりと笑います。
「元気にしていたようだな、妹よ」
「まさか。あなたは、お姉さまなの」
「そうだ。わたしは、自分の意識をこの王子の体に移植したのだ」
 そうです。白雪王子を生み出した、先のおきさきさまこそ、今のおきさきさまの姉だったのです。
「うまくわたしの意識が作動できないでいたのだが、つい先日まで、ちょっとした仮死状態になっていたのだ。息を吹き返したら、こんなふうになっていた」
 白雪王子は、壁をながめました。
「懐かしいな、わたしが作った鏡だ。まだ大事にしてくれていたのか。なかなか役に立つだろう、これは」
「王子は、あなたが作ったのですか、お姉さま」
「そうだ。それが一端になって、王子は家出をくわだてた。自分には、王位継承権がないと考えたのだ。
 わたしは、お前を守ろうとして、自分の意識をこの体に移した。わたしが死ねば、お前が王の花嫁になるはずだったから。それなのに、お前のもとを離れてしまった。ふがいない姉だ。お前よりも美しい存在がいれば、王の目をお前からそらせることができるだろうと踏んだのに。王子を作っておけば、お前は子を産む義務から逃れられるだろうと計画したのに」
「ありがとう、お姉さま」
 おきさきさまは、美しい目をうるませました。
 ふたりはもともと、かつてこの国に併呑された貧しい地方領主のむすめでした。庶民とともに育ち、両親が心労で亡くなってからはいつでも、助け合ってきたのです。
「しかし、わたしは長らく発動できなかったせいで、王子の意識のほうが強くなってしまった。わたしはもうじきに、眠りにつくことだろう」
「そんな。行かないで、お姉さま」
「泣くな。王子の中にわたしはいつまでもいるのだ。ふたりでひとりなのだから。わたしの遺志は、王子が継いでくれる。だからさびしがることなど、なにもないのだよ」
「いやです。わたしはもう、こんな窮屈な生活はしたくないのです。お姉さまとふたりで野山を自由に駆け回っていたころにもどりたい。
 変装して、王子に会いに行くためにお城を抜け出して山を歩いているとき、ほんとうに気がせいせいしたの。没落した領主のむすめだと、みんなそんな目でわたしを見るし、こんなところはもうたくさん」

 それからほどなく、お城の中で、白雪王子の遺体が発見されました。その可憐な手には、毒の入ったりんごが握られていました。
 控えの間にいた小人たちは、力強く証言しました。
「ほんとうだよ。何度も、森の中で王子さまは殺されかけた。変装していたけれども、あれはおきさきさまだった、まちがいない」
 おきさきさまの部屋からは、毒とりんごが見つかりました。これは重要な証拠です。もはや、おきさきさまが白雪王子を殺害した下手人だということは、疑いようがありません。
 王室の醜聞もあからさまに報道するのが、この国のならいです。ひっそりと名誉ある死をたまわることはなく、おきさきさまは、処罰されました。
 石炭の火の上に乗せておき、真っ赤に焼けた鉄のくつをはかされ、倒れて死ぬまで踊らされたのです。
 小人たちは、王子さまをかくまい世話をしたほうびとして、どっさりの財宝を下賜され、地位向上を約束されて、七つの山を越えた家に帰ってきました。
 そこにはひと足早く、おきさきさまと、白雪王子の姿がありました。
 処刑されて死んだのがおきさきさまの身代わりに、妹に似せて王子さまが急ごしらえしたものだとは、誰も夢にも考えませんでした。
 ふたりは死んだものと思わせるために、小人たちに一芝居うってもらったのでした。
「おやまあ。わたしはどこにいるのだ」
 ふいに王子さまが、目をぱちぱちしばたいてぐるりを見回しました。どうやら先のおきさきさまは、眠ってしまったようです。
「わたしのそばにいるのですよ、王子」
 おきさきさまは、やさしく頭をなでました。
「お母さま」
 おきさきさまは、今まであったことをすべて話しました。
「わたしは、あなたを世界じゅうのなにものよりも可愛く思っています。わたしと一緒にここで暮らしませんか」
「ぼくたちもいるぞ」
 小人たちがわいわい声を上げました。
 白雪王子は頬を染めて、おきさきさまの申し出を承知しました。
 小人たちが、鏡を取り出しました。なんでもほうびのものをやると言われ、おきさきさまの言いつけどおりにもらってきた、おきさきさまの鏡です。
 王子さまは、おきさきさまがうなずくのをたしかめてから、鏡をこなごなに叩き割りました。
 王子さまとおきさきさまと七人の小人たちは、いつまでも楽しく仲むつまじく暮らしましたとさ。
 めでたしめでたし。

20050626
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