ふるふる図書館


第五章



 小間物屋が帰ったあと、王子さまは鏡の前に立ち、自分の姿をよく確認してみました。胸のしめひもを、少女の体の輪郭をひきたてるためにもっとよくしめようと思い、きつくしばろうとしました。
 うっかり、王子さまは、忘れてしまったのです。自分が比類ない怪力だということを。
 呼吸がとまり、その場にぱったりと倒れてしまいました。
 まもなく日がくれて、七人の小人たちが帰ってきました。
 可愛い王子さまが、部屋の床の上に倒れているのを見たときには、小人たちのおどろいたどころではありません。
 王子さまは、死人のように、呼吸も身動きも一つもしないのです。みんなで王子さまを寝台につれていきました。
 胸のところが、ぎゅうぎゅうにしめつけられているのを見て、小人たちは、しめひもをぷつりと二つに切りました。それでも、まだ、まぶたはかたく閉ざされたままです。
「そうだ、人工呼吸だ」
 ひとりが言い出しました。みんなはそれに同意したものの、誰がやるかでひとしきり、揉めに揉めました。
 王子さまの唇に堂々と触れることができる、こんな千載一遇の機会を、みすみす逃す手はありませんから。
 ようやく、ひとりが決まり、未練たらたらな仲間の視線を痛いほど浴びながら、胸高鳴らせて唇を近づけました。
 そのとき、王子さまの瞳がぱちりとひらきました。
「無礼者!」
 叫ぶが早いか、王子さまの鉄拳が小人の頬に命中し、小人は壁までふっとびました。
 敏捷にすくっと立ち上がると、王子さまは、殴り蹴りして、ほかの六人もたちまちのしてしまいました。目をさましたばかりで本調子でなかったことが小人たちには幸いでした。
 もし王子さまが万全の体調だったら、彼らはひとたまりもなかったことでしょう。
 しかし、あまりにもひどい仕打ちです。
「ひどいな、きみが気を失ったままだから、人工呼吸をしようとしただけなのに」
「問答無用。第一、わたしは不死身だ、愚か者めが」
「でも、いい目を見せてやるって」
「なんの話だ」
 小人たちは悟りました。王子さまは、まだ七つなのです。その意味では純粋で無垢できよらかでした。男の子より女の子のほうがいいだろうというのは、小人たちが妄想を先走らせ、自分のいいように解釈しただけだったのです。
 おのがけがれをつきつけられ、せつなさにうなだれる小人たちに、王子さまはさらにおいうちをかけました。
「わかった。お前たち、かよわいむすめをたぶらかし、かどわかそうとたくらむ極悪非道な山賊だろう。だからこんなところに隠れ家を作っているのだな」
 それを聞くと、小人たちはおんおん泣き出してしまいました。
「たしかにぼくたち、こんななりだし」
「女の子にはもてないし」
「女嫌いを気取って、人里離れたところに住んでるけど」
「ほんとうは、女の子が好きなんだ」
「だから可愛い女の子をさらってこようって」
「本気で考えたこともあったけど」
「そこまでお見通しだったなんて」
 小人たちは、部屋の中央に凛と立っている王子さまの足元にすがって、おいおいと泣きじゃくります。
「そんなよこしまであさましいこと、二度と考えません」
「今、はっきりと目がさめました」
「一生、あなたについていきます、王子さま」
「あなたに忠誠を誓います」
 口々に叫ぶ小人たちを見下ろし、王子さまは満足げにうなずき、ほほえみました。
「わかればよいのだ。さあ、泣くのはやめて、食事にしようではないか」

20050626
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