第四章
朝になり、王子さまは目をさましました。自分を取り囲む七人の小人が目に入り、おどろいてすばやく体を起こしました。このような者は、いまだに見たことがありませんでした。
小人たちは、親切にたずねました。
「きみの名前は、なんていうのかな」
王子さまは、ますますびっくりしてしまいました。ここは、王さまの領地なのです。それなのに、ここをおさめている王さまの嫡子である自分を知らないなんて。世事にうといもいいところです。
しかし、かえって、絶好の隠れ家といえましょう。
王子である身分を明かしたら、王家のごたごたに巻きこまれるのはいやだと追い出される可能性もありますが、この善良そうな人々の度肝を抜こうと、王子さまは正直に名乗りました。
「わたしは、白雪王子という」
どっこい、小人たちは、それしきで腰を抜かしたりはしません。
「どうして、きみはぼくたちのうちに入ってきたんだい」
平伏することもなく、ひるむこともなく、とことんためぐちです。王子さまはあきれてためいきをつきました。そこで、ふと思い出したのです。
山奥に、自分と同じような人工生命体がいるということを。
彼らは、主に労働用として作られたのです。体は人間よりも少々小さく、知能はそなえていますがそれほど高い設定をされているわけではありません。
自分の前にいる小人たちこそ、彼らにまちがいありません。
そこで王子さまは語りました。
王さまや、継母であるおきさきさまの異様なまでの愛情に耐えられずに、家出してきたのだと。かごの中の鳥のような宮殿の生活にいやけがさして、逃げ出したのだと。
小人の家も、裕福ではありません。無条件で扶養家族をひとり抱えるのはためらいがありました。
そこで小人たちは言いました。
「もしも、きみが、ぼくたちの家の中のしごとをちゃんと引きうけて、にたきもすれば、床をのべて、洗濯も、縫いものも、あみものも、きちんときれいにする気があれば、ぼくたちは、きみをうちに置いてあげて、なんにも不足のないようにしてあげるよ」
できるわけがなかろう、と王子さまはすぐに思いました。蝶よ花よとちやほやされて、かしずかれて育った王子さまにする提案としては、とんでもないことです。
おまけに、うっとうしいまでに度を越したきれい好きな小人たちのこと、手を抜けばたちどころにばれてしまうのは必至です。
王子さまは決心しました。かけぶとんに隠れたままの自分の体を、少しさわりました。この体はほんとうに、便利にできているものです、改造もできるなんて。
かけぶとんから出ると、小人たちは一様に真っ赤になって、目をそらしました。きよらかで明るい朝日を浴びて、王子さまの服から透けて見えるのは、どう見ても、少女の体でした。
王子さまは鈴をころがす澄みきった音色で笑いました。
「わかった、家事のことではお前たちを満足させられるかわからぬが、別のことで満足させてやろう。男より、女のほうがお前たちは好みであろう」
「いいから、早く服を着ておくれ」
小人たちがあわてふためきます。
「服など、これ以外にはない」
悠然とポケットをさぐり、金貨をひとつ取り出して、手近な小人にほうりました。
「わたしの服を買いそろえて参れ。くれぐれも、わたしに似合うものを手に入れてくるのだぞ。お前たちが着ているようなものはまっぴらだからな」
小人がうなずくと、王子さまは神々しいまでに無邪気ににっこりしました。
「大儀である」
こうして、王子さまは、小人たちの家に住むことになりました。
白雪王子は、小人たちの家のことをできるだけきちんとこなしました。
小人たちは、どうにかして王子さまの気をひこうと、これでもかというほど懇切丁寧に教えましたし、歓心を得ようと、手放しでほめましたから、もともと利発な王子さまのこと、上達もすこぶる早かったのです。
小人たちは毎朝、山にはいりこんで、金や銀の入った石をさがし、夜になると、家に帰ってくるのでした。そのときまでに、夕食の支度をしておかねばなりませんでした。
いっぽう、おきさきさまは、あの可愛い王子さまがどうしているのか気がかりで、はやる気持ちをおさえて、鏡の前に行くと、たずねました。
「鏡や、鏡、壁の鏡よ。国じゅうで、だれがいちばん美しいか、教えておくれ」
すると、鏡が答えました。
「おきさきさま、ここでは、あなたがいちばん美しい。
けれども、七つの山こえた、七人の小人の家にいる白雪王子は、まだ千倍も美しい」
これをきいたときの、おきさきさまの安堵といったらありませんでした。この鏡は、けっしてまちがったことをいわない、ということを知っていましたので、白雪王子が無事でいることも、その美しさが少しもそこなわれていないことも、みんなわかってしまいました。
そこで、どうにかして、白雪王子に会いにいきたいものだと思いまして、いろいろあれこれと策を練りました。
おきさきさまは、おしまいに一つの計略を考えだしました。
自分の顔を黒くぬって、年寄りの小間物屋のような着物をきて、誰にもおきさきさまとは思えないようになってしまいました。
七つの山をこえて、七人の小人の家にいって、戸をとんとんとたたきました。
「よい品物がありますが、お買いになりませんか」
王子さまが、窓から首をだして呼びました。
「なにを持ってきたのだ」
庶民と一緒に雑居しているせいか、だいぶお行儀も言葉づかいもくずれています。
とはいえ、こんな隠遁まがいの生活をしてきて、退屈そのものなのです。くわえて、昼間はずっとひとりきりです。目新しいことがあれば、飛びつかないわけがありません。こんな山奥に、なぜ行商人が来るのだと疑問に思っても。
「上等で、きれいな品を持ってきました。いろいろなしめひもがありますよ」
色とりどりの絹糸であんだひもを、一つ取りだしました。うっとりするほど美しいものです。質素な今の暮らしと、ぜいたくな宮殿暮らしを比べて、ちょっぴりお城が恋しくなっていたところだったのでしょう、戸をあけて、しめひもを買いとりました。
懐かしい愛しい王子さまが、目の前にいます。なぜか、女の子のような姿をしていますが、変装のつもりなのでしょう。それくらいで、国でいちばんとうたわれる姿をあざむけるはずがないのですが。
一輪の花のようにあどけなく可憐な王子さまを抱きしめたくなるのをこらえて、年寄りの小間物屋に化けたおきさきさまは言いました。
「まあ、なんて可愛らしいお嬢さん。よく似合うことでしょう。どれ、わたしが一つよく結んでさしあげましょう」
王子さまは、疑うそぶりもなく、新しい買いたてのひもを結ばせました。
こんなささやかなふれあいでも、おきさきさまはおおいに満足して帰っていきました。